第3話

 そして。友人キャラでしかないわたしと堀川さんの今の関係が終わりを告げるのも、これまた唐突だった。わたし達が出会ってから半年経った時。


「ようやく覚悟が決まったよ。あたし、明日の放課後に告白するね」


 いつものように堀川さんの部屋に呼び出されると堀川さんは開口一番、そんな宣言をしてきた。それを聞いた瞬間、わたしは背中に冷や水を浴びせられるような感覚に襲われた。


 ――わたし、堀川さんに告白なんてしてほしくないんだ。わたしは堀川さんとのこの時間が無くなっちゃうのが嫌なんだ。


 『告白なんてやめなよ』、そんな言葉が喉の奥まで出かかった。でもわたしはそんな言葉をギリギリのところで飲み込む。なぜなら、『雪奈ちゃん、何やってるの? 』と言われた時の記憶が、未だに脳裏にしっかりと焼き付いていたから。


 ちょっとした出来心でお姉ちゃんに姿を似せただけであんなに冷たい視線を投げかけられたんだ。ここで自分の我儘を押し通して「お姉ちゃんに告白なんてしないでよ! 」なんて言ったら、間違いなくわたしと堀川さんの関係は金輪際、修復不可能なほどに壊れてしまう。そっちの方がわたしにとっては耐えられない。それに、堀川さんがお姉ちゃんの彼女になれば、堀川さんのわたしとの関係は義姉妹という形でこれからも続く。なら、それでいいじゃないか。そう言って自分を納得させる。


 だから、わたしはぎこちない笑みを浮かべながら、『あるべき友人キャラ』として堀川さん背中の最後の一押しをした。


「そうなんだ。堀川さん、ずっとお姉ちゃんのこと好きだったもんね。――きっとお姉ちゃんもわかってくれるよ」


 なんの根拠もなくそう言うわたし。そんなわたしに、花音ちゃんは見たことのないような視線をわたしに向けてくる。不安そうな、それでいてどこか寂しそうな、不思議な目。そんな目をされると、納得したはずのわたしの心が再び揺さぶられる。


 ――なんで堀川さんははそんな目でわたしのことを見つめてくるの? そんな視線をされたらわたし、わたし……。


 今にでも湧き上がりそうになる感情を押さえつけるのに必死で、その後、どうやって家に帰ったのはよく覚えていない。




 翌日。わたしに対する堀川さんからの連絡はなかった。これまで堀川さんが連続してわたしに連絡をとってきたことなんてない。でも、これまであんなに協力してあげたんだから告白の結果くらい教えてくれたっていいじゃん。そう不貞腐れながら無言のスマホを見つめているうちに、いつの間にお風呂に入るぐらいの時間になった。


「雪奈ちゃん。お風呂出ちゃったから次はいっちゃって」


 お姉ちゃんに呼ばれて浴室に入る際のお姉ちゃんとすれ違う、ほんの一瞬。


「ねぇお姉ちゃん。今日女の子に告白された? 」


 ちょっとした出来心で聞いてしまってから後悔する。その答えを聞いたところで何にもならない、むしろ自分が傷つくだけだってことは分かり切ってるから。


 そんなわたしの心の機微なんて露知らず。お姉ちゃんは可愛らしく首を傾げる。


「うーん? 今日も3人くらいから告白された気がするけど、全部男の子だった気がするよ。なんでそんなこと聞くの? 」


 その時だった。わたしのスマホが震える。ポケットから取り出して見ると堀川さんからの通知が入っている。慌ててチャットアプリを開くとそこには一言だけ。


『あたしの家の前で待ってる』


 それを読んだ瞬間。


「ごめんお姉ちゃん、ちょっと今から出かけてくる」


 わたしはお姉ちゃんに、持っていた着替えとタオルを押し付けると走り出していた。




 それから10分後。わたしは肩で息をしながら堀川さんの家の前にいた。この6ヶ月間、幾度となく通い詰めては花音ちゃんとお姉ちゃんに振り向いてもらうための作戦会議をした、思い出の場所。その真ん前の月明かりに照らされる路上に、わたしの片思い相手は立っていた。


「堀川さん、お姉ちゃんから聞いたよ――なんでお姉ちゃんに告白しなかったの? 」


 責めるようなわたしの台詞に堀川さんは答えない。その代わり、いきなり深呼吸したかと思うと彼女はわたしのことをまっすぐ見つめ、そして。


「告白しよう告白しようって決めたはずなのに、今日になってもずっと勇気が出なかったんだ。でも、先延ばしにしようとすると、もっと苦しくなる。みんなが瀬名さんの魅力に気づいちゃうんじゃないか、誰かに取られちゃうんじゃないか、って不安で心がどうにかなりそうになる。だから、勇気を振り絞って言うね。――瀬名雪奈さん。あたしはあなたのことが好きです」


「ほへっ? 」


 思いもしなかった花音ちゃんの言葉にわたしは呆然としちゃう。


「何かの間違いだよね? そうだ、お姉ちゃんと勘違いしてるんじゃない? わたしは妹のゆき」


「間違ってなんかないよ」


 ぴしゃり、と言い放たれてわたしは口を噤む。


「雪奈のお姉さんのことが好き、って言ったじゃん? あれ、最初から照れ隠しだったんだ」


「嘘? 」


 わたしの疑問に堀川さんはゆっくりと頷く。


「本当は最初から、あたしは雪奈ちゃんのことしか見てなかった。そしてあの日、ぶつかっちゃったのはたまたまだったけど、初めて雪奈ちゃんと話せて、この関係をその場限りで終わらせたくなかった。でもそれを正直に言うのは気恥ずかしくて、なんか理由をつけないと、って考えた末に思いついた嘘が『瀬名さんが好きだから、あたしに協力して! 』って嘘だったんだ。『瀬名さん』が好きなことは間違いじゃなかったしね」


 頬を赤らめながら言う堀川さん。でもわたしはまだその言葉を信じられなかった。


「わ、わたしなんかのどこがいいの? わたし、根暗だし勉強も運動もぱっとしないし、見た目も地味だし……」


「でも、いつも謙虚で、絶対にお姉さんの威を借ることを嫌がったよね。お姉さんと間違えられて、誰よりも傷ついてるのは雪奈ちゃんなのに、ぐっと堪えてたよね。そんなまっすぐで綺麗な心を持った雪奈ちゃんのことを、あたしは中等部の頃からずっと見つめていた。そして、眼鏡を掛けて、三つ編みにするようになったあなたを見て、雪奈ちゃんの謙虚さを象徴するように思えて、今まで以上に愛おしく思えちゃったの。あるときはその気持ちが暴走しすぎて、逆に雪奈ちゃんのことを傷つけちゃったけど」


 そこでわたしははじめて気づく。お姉ちゃんと同じ格好をしようとしたあの日。堀川さんが怒ってたのはお姉ちゃんでもないわたしがお姉ちゃんのフリをしたからじゃなくて、わたしがわたしらしい格好を捨てようとしたからなんだ、って。


「それから。雪奈ちゃんと2人きりの時間を積み重ねるにつれて、あたしの気持ちはさらに膨れ上がっていった。この雪奈ちゃんとの甘い時間をもっと続けたい、嘘で繋がる『友人キャラ』じゃ満足できない、もっと近いところで雪奈ちゃんを感じたい。そう思ったの。だから、さ」


 そう言って堀川さんはわたしの前に恭しく跪き、パンジーのブーケを差し出す。それは堀川さんが『ついで』として聞いた時にわたしが答えた、わたしの一番好きな花だった。


「これがわたしの気持ちです。だから瀬名雪奈さん。あたしの彼女になってくれませんか? 」


 不意にわたしの頬を温かいものが伝う。それを手の甲で拭いつつ、わたしは微笑みながら答える。


「はい、喜んで」

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