第312話 せめて、安らかな眠りを②

「あっ、アンゼル!」と名前を叫んで素早く駆けつけて降り立つ。


 揺さぶって起こしたら今にも目を覚ましてしまうのではないかというぐらい、優しい表情で眠っているようにも映る。彼は何も言わずゆっくり屈んでアンゼルの頭部をそっと持ち上げた。


 そして顔を近づけて、洸太を護り切ると約束を交わした友の顔をしっかり焼きつけるように見つめる。最初に目撃した時に分かった。命の温もりは一切感じない。長い間氷漬けにされていたからなのか、氷のように冷たくなっている。


 次の瞬間、アンゼルの手足の先端から内側にかけて少しずつ炭化して砂塵となっていく。それを目の当たりにした洸太は拳を握り締めて下を向く。それでも尚キリスは一切動揺することなく、寧ろ微笑んで抱き寄せる。


 そしていよいよ頭部が炭化して塵となって消滅すると、彼は抱きしめた友の感触をいつまでも忘れないように蹲ってその身に刻み込む。


 そうしてアンゼルの最期を見届けたキリスがその場で力が抜けたように座り込んで口を開いた。


「これで二度目だ。友を喪うのは」


「二度目?」


「一度目は賊から私や他のエテルネル族を逃がしてくれた時と、それから今回だ。まるで、私が来るまでずっと待っていたかのような最期だったな。単なる偶然か、それとも彼の意思によるものなのか。


本当のところは分からないが、そういう意味では彼の死に際に立ち合えて良かったのかも知れない。せめて、魂が安らかに眠れることを」と上を見上げた後、両目を瞑って天に召されたアンゼルに向けてそう強く願った。


「実は、僕が聖天珠を宿す儀式を受けた後、意識を失ってしまって暫くしてから、誰かが僕を呼びかける声がしたんです。声のする方へひたすら向かっていたら、突然目の前に手を差し伸べられて、その手を何の疑いもなしに握ると、視界全てが眩い光に包まれて何も見えなくなって、それで目が覚めるといつの間にか洞窟で倒れていたっていう……」と、洞窟まで辿り着いた経緯を思い出しながら語っていった。


「それはきっと、アンゼルが最後の力を振り絞って、『助けてくれ』と頼んだのかもしれないな。欲を言えば、何か言い残してくれても、良かったんだけどな」と冗談ぽく漏らす。その言葉には、どこか寂しさも感じられた。


「キリスさん……」


「友を、永い間閉じ込めた氷から解放してくれて感謝する。アンゼルは、齢は同じだがどこか大人びていていつも私より先を見据えていた。私の兄のような存在だったな。私が旅の途中でたまたま訪れた小さな惑星で、エテルネル族の集落の長をやっていてね。そこで暮らす者達は皆平和に暮らしていることを知り、色々な話を聞いたり話したりして会えなかった時間を埋めていった。


だがそんな折、突如得体の知れない賊の襲撃を受けた。奴らの狙いは我々エテルネル族の殲滅と、私が肌身離さず持っていた聖天珠を奪うことだった。多勢に無勢で、勝ち目が無いと読んだアンゼルは私を逃がすために残って奴らと戦った」


「その小さな惑星ってまさか……?」


「恐らくこの地球で奴らと戦って命を落としたのだろう。悔しかった。あの時程、自分の非力さを憎んだことはない。私が彼の意見を黙殺して共に戦っていれば、もしかしたら今頃別の形で再会出来ていたのかもしれないな」淡々と語る様子にキリスの悲哀さがひしひしと伝わり、洸太は胸が張り裂ける思いに駆られた。

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