第311話 せめて、安らかな眠りを①

 それから数日が経ち、洸太は飛脚で空を飛んで嘗て綾川の父・善明が建てた病院の跡地へ向かい、既に到着していたキリスと合流した。


「酷い有り様だな」と虚しそうに呟く。


 山肌が露わになり、緑々しかった山林が見る影も無く破壊されて荒れ果てた大地が広がっている。


 周囲の木々が折れたり引っこ抜かれたりしただけでなく、浩紀が地中に設置した爆弾の爆発で意図的に地滑りを起こして流れ出た大量の土砂が真下にあった病院はもとより、木々を薙ぎ倒して麓まで到達し広範囲に被害が及んだ。浩紀とキリスの熾烈を極めた戦いによってこの辺りの景色が一変した。


 深夜における戦闘ということもあって、どれ程凄まじかったのかあまり気に留めていなかったが、日が昇って全容が明らかになった惨状を改めて前にしてみるといかに激しい戦いを繰り広げていたのかがよく分かった。


「お待たせしてすみません、キリスさん。二か月もあればここの土砂が除去されていると予想していたのですが……」


 被害の全貌を審らかにしようと警察と消防によって土砂の撤去作業が行われており、それによってこれらの土砂がある程度取り除かれて病院が見えたら洞窟へスムーズに行けると睨んでいた。しかし思いの外作業が進んでいないことに驚き、まだ当分かかりそうだということを知って自分の推測が甘かったと反省する。


「気にするな。寧ろ短いと思っていたくらいだ。しかし、その氷塊に閉じ込められていた異性体がエテルネル族であったなら、いつまでもじっとしているわけにはいかないな。行くぞ」と早速身体を浮かせて山の反対側へ飛んでいった。荒れ果てた大地とは全く別の方向へ向かう彼を見て洸太も戸惑いながら後を追う。


「正攻法でもいいが、あの量の土砂を退かすには相当時を要するだろう。それに、爆発と土砂で入り口ごと進入経路が破壊されている可能性が高い。だったら、この辺りで地下の洞窟へと通じる気孔を探すか、爆発の衝撃で陥没して出来た穴から入っていくしかない」とわざわざ山の反対側まで来た理由を説明していった。


 洸太はまるで理由を求めていることを見透かされたと思ってドキッとしたと同時に、彼の答えを聞いて得心した。

 

 一体どうやってそれらの穴を探すのだろうと疑問に思っていると、数秒間注意深く目を凝らして周囲を見渡していたキリスがすぐさま杖で五十メートル前方の地面を指して「あそこだ」と言って指し示した方の地面に降り立った。

 

 彼が見つけた穴は直径が一、二メートルほどの大きさとなっていて、状態からして地震の影響で陥没して出来たものだろうと推察する。離れた場所から僅か数秒で木々の枝に隠れて見えにくいこの穴を探し当てた彼の驚異的な観察眼に感銘を受けるとともに、改めて自分の力量不足を痛感した。


「この穴の中に入っていけば恐らく目的の洞窟へ辿り着ける筈だ」と告げて真っ暗な穴の中に吸い込まれるように入っていき、洸太も後に続く。


 どれ程の深いのか分からない。ひょっとすると例の洞窟に辿り着けない可能性も十分にあり得る。だが、たとえそうであったとしたなら初めから別の入り口を探す筈だ。彼は何の迷いも無くこの穴に入った。つまりこの穴こそが洞窟に繋がっていると確信しているということだ。


 そして、数十メートル降りていったところで、広大な空間が見えてきた。そこには洸太の言う通り氷塊は無く、広大だった空間も爆発の影響でおよそ半分が雪崩れ込んできた岩石と土砂で埋もれてしまった。


 だがよくよく目を凝らして見ると、キリスと同じ服装をしていた男が仰向けに倒れていた。

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