第307話 二人のこれまで

 そうしたやり取りをした後、先ほどと打って変わって二人は沈黙してしまった。何を話せばいいのか分からなくなった。


 事件当日以来一度も会っていなかったので、どんな話題を切り出せばいいのか分からず、暫くの間静寂が流れる。今日までの空白の期間が、何とも言えない空気感を作り出していた。

 

 ひとまずこの公園で少女漫画のような出会いを果たした時から、今に至るまでの間に起こった楽しかったことや、嬉しかった思い出などの雑談から話し始めるべきであるが、それすらも憚ってしまうほど心理状態が安定していなかったため、余計に緊張して時間だけが過ぎていく。


「……今までどこで何してたの?」と、気まずい空気に茜が溜まらず口火を切って訊く。


「ずっと、山の中で人知れず過ごしてたよ。人に見つかるといけないし、こうなってしまった以上、もう居場所は無いから」洸太が間を置かずに答える。


 耳を澄ませば自分の心臓の鼓動音がはっきり聞こえるぐらいの静けさからやっと解放されて、ピークに達した緊張が少し解れたような気がした。


「洸太は、何も悪くないのに……早く誤解が解けると良いんだけど」茜が残念そうに言う。


「仕方ないよ。街は救ったけど、甚大な被害と多数の死傷者を出したのは事実だし。警察が血眼になって必死になって捜査するのも当然だと思う」洸太が自分の置かれている立場と状況を交えながら説明した。


「もうどうにもならないんだね……じゃあ、これからどうするの?」


「いっそのこと、このまま海外に逃げるっていうのもありかなあ、なんちゃって」と少し考える素振りを見せた後、冗談めかして明かす。


「日本に居場所が無いんじゃ、もう国外逃亡しかないよね。でもそうなったら寂しいなあ。あたしのことを三度も助けてくれた初恋の人に会えなくなっちゃうもん」と少し寂寞感を滲ませた口調で漏らした。


「心配しないで。定期的に戻ってくるつもりでいるから。そしてこれまでと同じように、何があっても必ず助けに行くよ」


「ありがとう。あっ、そういえば私、馴れ馴れしく洸太って呼んじゃった……」と恥ずかしそうに手を口に当てる。


「別に気にしてないよ。元々下の名前で呼び合う仲だったし」


「そうだっけ?」


「ほら、小学四年か五年のとき、当時の先生が距離を縮めるためにクラス全員に下の名前で呼び合いましょうって言ってくれて。それで、席が隣になったときに互いに下の名前で呼んで仲良くなったっていう。


でも、茜とは一年だけクラスが一緒になったきりで、それから別々のクラスになって卒業して中学に上がっても同じクラスになることは無かった。話しかけようとしたこともあったけど、小学生の時のノリで話したら気味悪がられると思ってずっと遠慮してたんだ」


「私も、小学生の時に洸太とこうやって喋ってたのは何となく覚えてる。朧気だけどね。でも、私の中でやっぱり、この公園で私のことを助けてくれた『まこ』のことがどうして忘れられなくて、他の男子と自分から進んで話そうとしなかった。


だから、中学に上がった時に洸太のことを認識していながら話しかけなかったし、それで『冷たい』とか『淡泊』って思われてたのも仕方ないなって。それに、私の両親の関係が冷え始めたのもその頃からで、ずっとモヤモヤしてた。


ちょうど高校に上がった時には、遂に学校でも噂されるようになって、これでスクールカーストの最下層に墜ちて、いじめられるのも時間の問題だって思って怖くなった。そうやって感情がぐちゃぐちゃになっていた頃に現れて助けてくれたのが、真だった……」

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