第306話 掛埜の活躍

 それからおよそ二か月が経ったある晩。市宮茜は洸太とともに、二人が初めて会ったあの公園に来ていた。


「久しぶりだね。怪我、大丈夫だった?」ベンチに座るやいなや、洸太のことを心配して聞いた。


「うん。絆創膏貼ってくれてありがとう」


「私にはそれぐらいしかできなかったから……」


「いや、十分だよ。お守りみたいな感じで励まされた気がしてたから」


「そっか。なら良かった」そう言われて満更でもない様子の茜だった。


「あの時は一人にしてしまってごめん。ずっと心配だったんだ」


「ううん、大丈夫。あの後、掛埜さんが来てくれて」


「えっ、掛埜さんが?」掛埜とは、ネオテック日本支部の研究開発部主任であった綾川の助手をしていた女性職員だった。


「うん。あの時、ビルの屋上にいた私を見つけてくれて、ここも直に危なくなるからって言って一緒にビルから降りて避難したの。掛埜さんは私の他にも大勢の怪我人を病院まで運んだり、安全な場所まで人々を誘導したりしてた。あの時、誰もが我先にと逃げ出したくなるような危険な状況なのに、自分よりも他人のことを優先して人助けする人だったなんて思いもしなかった」と、当時のことを振り返って語った。


 正直なところ、掛埜という女性のことはあまり言葉を交わしたことが無く、ただ研究開発部主任だった綾川の助手という印象で、実際にどんな人物なのかは全く知らない。洸太は、自分がネオテックを離脱してから一応彼女のその後と安否も気になっていたが、茜の話を聞いて無事でほっとした。


 それどころか、彼女の意外な人間性を知ることができたことに驚いた。自分の身の危険を顧みず、赤の他人である茜やその他大勢の人々の救護活動に当たっていたことを知った。なんて優しくて勇敢で利他的な女性なのだろうかと感心した。そのお陰か、事件現場における人的被害が想定より下回っていたことに納得がいく。


「それで、掛埜さんはその後どうなったの?」


「私を病院まで連れてってくれた後に、いなくなっちゃって……あの時助けてくれてありがとうって言いそびれちゃった。それと、謝らないといけないことだってあるのに」


「謝らないといけないこと?」


「うん……この間、橋の上で私が車から出ようとしてたところを、必死に止めようとしてくれたけど、それでも私は無理矢理車を出て真のところへ向かった。そのことでごめんなさいって言いたくて」


 それを聞いた洸太は、セントラルベイブリッジでの事件にて、茜がどこからともなく現れた時のことを思い出し、その経緯を知って腑に落ちた。


「そうだったんだね。きっといつかまた会えるだろうから、その時に言えば良いと思うよ」


 茜と同じく、洸太も、もし今度また会えたなら改めてお礼がしたいと考えた。

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