第271話 東との約束
山間部における二人の壮絶な戦いが思わぬ形で終わりを迎えた。同時刻、そんなことなど露知らず、陥落した新宿では洸太、陽助、東そして雅人との戦闘が繰り広げられていた。
時には拳と拳がぶつかり合い、そして時には互いに念力を放出して衝撃波を打ち付け合う一進一退の攻防が続いており、一向に終わる気配が無いどころか激しさを増すばかりで、さながら最終決戦の様相を呈している。
そんな中、倉本司は熾烈な戦闘が行われている戦場を迂回して、単独でエッグの元へ向かおうとしていた。手には秘書の附田の亡骸のすぐ横に置いてあったタブレットを大事そうに抱えている。念のため動作確認を行ったが幸い正常に起動出来た。
≪絶対に爆発を阻止する!≫
そう自分に言い聞かせ、間違っても雅人に感付かれないように忍者のように身を屈んで気配を殺し、瓦礫で敷かれた道なき道を一歩一歩ゆっくりそして確実に進んでいく。
洸太らが闘いに夢中になっているところを見ると、雅人が死守する「エッグ」のカウントダウンはまだ始まってはいないようだった。
エッグとの道のりを半分まで順調に到達したところで、洸太らのいる方向から一際大きな衝撃波が勢いよく押し寄せてきた。戦いの影響で打ち放たれたものだと思い込み、これをまともに受けてしまえば確実に軽傷では済まないだろう。
しかし、気付いた時にはもう目前まで迫っており、倉本は避けきれずそのまま一身に受けてしまう。高速で走って来る車に撥ねられたような衝撃とともに後方へ煽られてしまった。
大きな弧を描いて落下し、背中を強打してそのまま瓦礫の上を数回転がった後に止まった。一時意識を失いかけたが、辛うじて保てた。附田のタブレットを抱きかかえるように持っていたので無傷だったが、先ほどの衝撃波と落下した拍子で背中と肩そして足を負傷してしまう。
この状態では、エッグの爆発を阻止するどころか、辿り着く前にカウントダウンが開始されて爆発を許してしまうことになる。
倉本はここでふと、東との会話を想起した。それは、倉本が悩んだ末に瀕死だった東を救ったときの会話だった。
「エキストリミスだ。所持しているのがたったの二錠だけだが」と二粒のエキストリミスを手に乗せて差し出し、東はそれを受け取った。
「十分です。ありがとうございます倉本さん。俺を救ってくれて。この恩は忘れません」と、受け取ったうちの一錠を口に運んで飲み込んだ。
つい先ほどまでの死人のような顔つきとは全く違う、精悍な表情で堂々と言った。首にチョーカーを装着させて、シャードを嵌め込んで死の淵から見事生還し、まるで別人に生まれ変わったように生き生きとした様子だった。シャードの力によるものなのか、天界から降臨してきた天使のような神々しささえ放っている。
「あ、ああ……」東のあまりの変わり様と比較して自分が情けなくなり、果たして自分のしたことがこれで良かったのかという風な、何とも言えない表情を浮かべていた。
「一つお願いがあるのですが」
「何だ」と倉本が俯いたまま反応する。
「俺はこれから日向を制圧しに行きます。その間、倉本さんはエッグの起動を停止していただきたい」
「エッグを?」
「はい。せめてあの核爆弾と起爆装置とのリンクを切断することが出来れば、爆発することはなくなって奴らの計画を阻止できます」
「自分の犯した失態を自分で後始末を付けろ、ということか。そうは言ったものの、爆弾の内部の機構は変えられているだろう。お前も岡部の言葉を聞いた筈だ。あいつは私のパスワードと指紋をどういうわけか手に入れてしまった。いつ起爆してもおかしくない。今の私に出来ることなど……」と自信無さげに漏らす。
「たとえそうなっていたとしても、開発を立案したあなたなら少なくとも爆弾の内部構造をご存じの筈です。あなたでなければ駄目なんです。あの爆弾の起爆を止められるのはあなたしかいません。
幸いなことに、まだカウントダウンは始まっていないようですし、何よりこれは、結果的にこの国を核兵器の脅威から救うことにもなります」と諭すも、倉本は無反応だった。
「何としてでもエッグの起爆を止めてください。では、頼みますよ」と、倉本に全てを託すように言い残して雅人の元へ向かっていった。
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