第272話 倉本と柾①
東とのやり取りを交わした後、附田のタブレットを手に遠回りして慎重に近づいて来た。このルートならば戦闘の被害を受けず、安全に行ける筈だと思い込んでいた自分が愚かだった。
戦闘は戦闘でも、それは人智を超えた異次元の戦いだ。たとえ遠く離れていても、全く思いもしない形で巻き込まれてしまうことだって十分あり得る筈なのに、自分勝手な希望的観測で慢心してしまった。
とにかく危機意識が足りていなかった。こんな形で役目を果たせなくなるのはあまりにも呆気なさすぎる。やっぱり自分がやるより、他の人に託しておけば良かったのではないかと自棄になって愚痴を零したくなったが、自分以外にこの役目を果たせる人間はいない。
そして何より、これは自分がやらなければならない責務だ。元々自分が蒔いてしまった種であるため、他の人間に肩代わりしてもらうなど言語道断だ。
≪何としてでもエッグの起爆を止めてください≫
東にそう頼まれた。しかし、この状態では歩くどころか自力で立ち上がることすらままならない。もうここまでかと思われたその時、足音が聞こえてきた。誰かが瓦礫を踏んで近づいて来て、倉本の目の前に立ち止まり手を差し伸べる。
倉本は顔を上げ、助けに来てくれた人の正体を確かめた瞬間、不覚にも「あっ」と発して驚いた。
「ま、柾……!」
「大丈夫ですか、倉本さん」
「背中と足が……」
「手伝います」と言って倉本の腕をすかさず自分の肩に回し、負傷している部分を刺激しないようにゆっくり立ち上がらせた。
「その手、どうしたんだ」
「ああ、ここに来る前に転んで怪我をしてしまって。でも倉本さんのに比べればこんなもの大したことないですよ」
「どうして、お前がここに」
「胸騒ぎがして急いで飛んできました。しかし来てみたらこの有様……想像を絶する光景ですね。これは一体、どういう状況ですか? 何があったというのです」と状況が掴めず混乱した様子で尋ねる。
「話せば長くなる。とにかく今は、エッグのところへ行かなければ」
「エッグ? ああ、あそこに見える鉄の塊ですか。あれが例の核爆弾ですね。本来の計画とは大きく逸れますが、こうなってしまった以上やむを得ないでしょう。丁度被検体も揃っていることですし、市街地で爆発させるのも悪くないですね。いっそのことここで実験を敢行しますか」と、何となく状況を理解した柾が少々興奮気味に言った。
「いや、実験は中止にする。私はこれからエッグの起爆装置とのリンクを解除しに行くところだ」
「えっ、解除……? 何を血迷ったことを口走ってるんですか。それじゃあ、東への復讐はどうなるんです」
「それも水に流そうと思う」
「彼を許すつもりですか。そんな……この計画は我々が十数年もの長期間に渡って温めて、入念に準備を進めて、漸くここまで来たじゃないですか」と口を震わせている。
「すまないが、もう決めたことだ。こうなってしまったのは私の所為でもある。世界の核廃絶への動きが高まる中で、秘密裏に核爆弾を製造するというのはとても非人道的で、時代に逆行しているのではないかと罪の意識に苛まれることもあったが、そこは人間の脆弱さへの絶望と、美姫を殺した東に対する復讐心が私を突き動かしてくれたことで罪悪感をどうにか払拭してきた。
たとえ世界中の核兵器が死と絶望しか生まない恐るべき兵器であるならば、私の作り出したこの核爆弾はきっと、人類に希望と明るい未来を示してくれる筈だと信じ、あらゆるものを犠牲にしてこの計画を取り組んだ。だが、そんな思いで始めた、私の独り善がりな夢によって齎されるのは、希望ではなく混沌と絶望だ」
「だからと言って、今更放棄しようだなんて勝手過ぎますよ。僕は、あなたのその夢に可能性を感じて、莫大な資金を提供して惜しみなく援助してきました。今こうして倉本さんがネオテック日本支部の社長の地位を手に入れて、エキストリミスの研究を続けることが出来たのも、僕のお蔭なんですよ。その努力と支援を棒に振る気ですか!?」と怒りを露わにして訴えかける。
核爆弾を止めるということは、柾がこれまで行ってきた影の努力と支援が全て水の泡になってしまうということを意味している。
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