第263話 キリスの力

 この時、キリスが次に何を仕掛けるのか直感的に分かった。掌底で鳩尾を撃つつもりだと読んだ。それを証拠に、脇を閉めて掌底を打つ姿勢を取っている。どこかで見たことあると思ったら、以前陽助との戦いで彼が見せていた構えと同じだった。


「無駄骨だったな。その構え、その動き。以前対峙した奴も同様の動きをしていた。だからもう見切った。二度は喰らわない!」と自信満々に宣言して胸の下あたりに両手を重ねて置く。


 陽助との戦闘での経験から閃いた、いたって単純な受け止め方だが、何もしないよりかはずっとマシだった。初見のときは対処法が分からずあえなく食らってしまったものの、その時の失敗を教訓にした上で今度は必ず防いでやるという気概で構えた。


 だが、明らかに防御姿勢を取っているにも関わらず、こちらに向かって真っ直ぐ突っ込んで来る。浩紀はそんなキリスに戸惑っていると、キリスの波導の質が少し変化したことに気づいた。


≪オーラが、変わった……?≫

 

 その微妙な変化を察知し、何かあるに違いないと警戒した浩紀は、一旦距離を取ろうとすぐに構えを崩そうとした。


「エテルネルの怒りを思い知れ、鳩尾撃みぞうち!」


 と、避ける隙も与えないほどの速度で、洸太から教わったように指を丸めて、掌の手首に近い付け根の堅い部分を、ナイフで刺し込むように打ち込む。そして掌底を打ち込んだとき、構えていた浩紀の両手ごと身体にめり込んでしまった。


「うっ!」と苦しそうに発し、目の前の景色が一瞬だけ揺れた。


 何が起きたのか理解できなかった。気づいた時には遅かった。技を相殺出来ると思い込んでいた浩紀の余裕な表情が、一転して苦しそうな表情に変わった。鳩尾を勢いよく打ち込まれ、悶絶する浩紀。


 鳩尾の奥にある腹腔神経叢には多数の交感神経が通っていて痛覚が鋭敏なため、強い衝撃を与えると激痛が伴った。確かに両手で構えて技に対抗できるだけの力を込めて防ごうとしていたが、まさかそれすら上回るパワーで来るとは思いも寄らず、両手は砕かれて鳩尾に大ダメージを受ける結果となった。


 力強く押し込まれた衝撃に耐えかねて、後方へ飛ばされてしまった。鳩尾に打ち込まれた衝撃が横隔膜にも伝搬して横隔膜の動きが瞬間的に止まって呼吸困難に陥った。


「ぐっ……馬鹿な!」


「悪いな。この地球の波導を少しだけ拝借して技に上乗せした。鳩尾撃ちか。確かに効果は覿面だな」


 経験を元に編み出した策が無意味だった。幸いなことに、胸部の一部を頑丈な鋼鉄に変質させたことで衝撃を和らげていた。それでも、そもそも力の差が違いすぎて、両目を真っ黒に塗り潰してまで力を解放して対抗したとしても到底足元にも及ばない。


 そして何より、そんな彼を過小評価し、この程度の力量で斃せると余裕ぶっていたことに、今更後悔して苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。もし隙を見て一度撤退でもしていたら、今は敵わなくても次こそは必ず倒せる筈だと愚かな想像すらしてしまう。


 浩紀は念力で身体を浮かせた状態で悶絶していると、キリスが矢のような速度で高速で跳躍して浩紀の真上へ近づいてきた。両脇を閉め、両腕を目一杯引いて先ほどと同じように両手の指を丸めて構えている。


「そしてこれが、貴様がこれまで侮辱して散々愚弄してきた者たちの分だ!」


 そう叫ぶと、今度は両手で打ち込むつもりだと浩紀は確信する。


「鳩尾撃ち、双拳そうけん!」


 と叫び、両手の掌底を回転させながら勢いよく伸ばして掌底突きのように掌の付け根に近い堅い部分を無防備となっていた浩紀の鳩尾を目がけて強く打ち込んだ。


「うわぁああっ!」


 それは情け容赦のない決定打で、初撃よりも更に激しい痛みの伴うものだった。胸部を鋼鉄に変質させてガードしたものの、まるで体の中で爆弾が爆発するような鋭い痛みに襲われて悶絶する。


 そのまま地面に真っすぐ落ちてドォォォンという轟音を響かせて激突した。落下した衝撃で大量の土煙が舞い上がる。


 煙が晴れ、まるで隕石が衝突してきた衝撃で形成されたクレーターのように、地面が直径十メートルほど陥没しており、その中心にて仰向けに倒れている浩紀の姿があった。


 地面に全身を強打した痛みよりも、鳩尾に受けた痛みの方が深刻だったようだ。いつの間にか両目も元の状態に戻っている。

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