第259話 浩紀の正体

 山の中腹にある病院付近では、両目が純黒に染まり、隠していた本来の力を解放して本領を発揮する浩紀とキリスの戦いが熾烈を極めていた。タックルし合う度、あまりの激しさに大気が揺れる。両腕を硬質化させて勢いよく迫る浩紀の異様且つ急速な変化にキリスは戸惑いを隠せず、付いて行くのに必死だった。


「何だ、このオーラの爆発は。凄く気になる……向こうで一体何が起きてるっていうんだ」


 浩紀は、都市部から突然発生した強大な波導を感じ取ったことで、戦いの最中にも関わらず新宿で何が起きているのか気になって、時折東京方面を振り返って様子を窺う仕草を取っていた。


 そうして浩紀が油断しているところを突いてキリスが杖を振り下ろしたが、浩紀が跳躍して難なくいなしてしまった。


「戦闘中によそ見か。ふざけたマネを」


「余裕だからよそ見したのさ。それにしてもしつこいな。ただでさえあなたにかかずらっている場合ではないというのに」


 空中に浮いたまま叫んで、そのまま身体をくねらせながら弧を描いて落下していき、彼の顔を目がけて力強いパンチを繰り出すも、杖で防がれてそのまま振り払われてしまう。


「くっ、なんて頑丈な杖なんだ」


 浩紀が空中に浮いたまま愚痴を零すと、キリスが間髪入れずに跳躍して杖を振り下ろしたが、すんでのところで真剣白刃取りのように両手で掴み取った。そしてその状態のまま腕の力だけで前に回転して、強烈なかかと落としを繰り出して彼を蹴り落とす。ドォンという衝撃音が響き渡り、大量の粉塵が舞い上がる。

 

 相手はエテルネル族の中でも上位に属する存在。一時たりとも気を抜けない。この程度でやられる筈が無いと読んだ浩紀が、着地した途端にかかってこいと言わんばかりに構えると、落下したところから圧巻の速さで、舞い上がる粉塵を突き抜けて突進してきたキリスと勢いよく衝突する。


 至近距離で両手をパッと掴み合った両者は、そのままの姿勢でほぼ同時に念力をぶつけ合った。周りの太い幹の木々が仰け反り、粉塵や小石が煽られるほどの強烈な衝撃波が四方八方に吹き荒れる。


「どこでどうやってスキルを手に入れた。何故貴様が会得している!」互いに手を掴んだままキリスが興奮気味に尋ねた。


「そんな一遍に質問しないでくれ。どれから答えたらいいか迷うだろ」


「貴様は一体何者だぁ!」


「その質問に答えることに一体何の意味がある。どうせ知ったところで何も出来やしないというのに」


「少なくともエテルネル族出身ではないのは確かだ。そんな貴様がスキルを体得することなど言語道断。ましてや譲渡など以ての外だ!」


「それが何だって言うんだ。そういうあなたこそ、他所のことが言える立場じゃないだろう。僕のことを咎めておきながら、自分のした行為を棚に上げるなんてあまりにも不公平だと思うけどね」


「スキルというのは、我々エテルネル族が途方もない修行の末に体得することを許された神秘の力だ。貴様ら外道共が易々と使用して良いものではない!」


「フン、話にならないな」と見限ったような口調で言った途端、浩紀が彼の手首を折ってやる勢いで握っている両手の握力を強める。「うっ」と発して負けじと握り返した瞬間、複雑に縺れたロープを解くように浩紀が両腕を上下に強く揺らした。


 揺らした衝撃がそのまま伝わり、強く踏み込んでいたキリスの両足が地面から離れ、そして両手を握られたまま身体がフワッと宙に浮いた。浩紀を見下ろすようなうつ伏せの姿勢で持ち上げられたかと思うと、そのまま勢いよく地面に叩きつけられた。


 その拍子に浩紀が握った両手を離すと、キリスの身体がドリブルでバウンドしてきたバスケットボールのように跳ね返り、無防備だった彼の顔面に浩紀は間髪入れず強烈な膝蹴りを入れた。

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