第258話 僕の名前は

「おい、戻って来たぞ」と陽助が飛んで二人の元へゆっくり降りていった洸太に指を差して嬉しそうに言った。


「市宮さんは?」


「安全な場所へ移した。もう心配ない」


「良かった。お前が来てくれなかったら今頃どうなっていたことか」


「全く。ハラハラさせんじゃねえよ。一瞬どうなるかと思ったぞ。しれっと美味しいところ持ってカッコつけやがって。戦場に咲く一輪の花って感じだったぞ」


「ごめん。色々あって来るのが遅くなってしまった」と頭を垂れて遅れてやってきたことを謝る。


「まあ、光山がいてくれたら、っていう俺の想いが通じたお蔭だな。これってなんとかデビルってやつ?」


「それを言うならスピークオブザデビルな。それより、お前はもっと他に言うべきことがあるんじゃないのか?」と揚々としている陽助に苦言を呈す。


「分かってるよ。光山、今までごめん。あの時は父さんに認められたい一心で自分のことでいっぱいいっぱいになって周りが見えなくなっちまって……俺にとって父さんは唯一の家族だ。だから裏切ることが出来なかったんだ」


「陽助……」


「でも、お前のお蔭で目が覚めたよ。ありがとな」


「俺の方こそ、お前をこんなことに巻き込んでしまってすまない。今更許されるとは思ってないけど、でも、それでも謝りたい。本当に申し訳ない!」と続いて東が深々とお辞儀して謝罪した。


「もう済んだことだし気にしなくていいよ。これはある意味僕が招いた責任でもあるから。逃げ続けてきた結果、事態がここまで大きくなってしまった。ここでまた逃げればもっと深刻になってそして後で必ず後悔する。


もうそんな自分にうんざりだ。そのために僕は、これまでの戦いや出来事を通じて弱い自分を変えたんだ。自分の運命に立ち向かうために戦うって決めた。だからもう逃げない」


「永守、お前いつの間にそんなことを……それに……」と東は固い決意を新たに表明した洸太に感激するとともに、以前と見違えるほどに成長しているということに驚きを隠せない様子。


「ん? 永守って誰のことだ」その隣で陽助は東が口にした「永守」に反応してきょとんした表情を浮かべている。


「光山の本当の苗字さ。そうだろ?」と洸太の方を向いて確認を取るように訊いた。陽助は状況を呑み込めず目を瞬かせて仰天している。


「それは前の名前だ。前までの自分と決別するためにそれらの苗字を捨てることにした」


「捨てる? どういういことだ」


「僕はもう光山でも永守でもない。僕の名前は――」


「光山ぁあああああああああ!」


 洸太が新たな名前を口に出そうとしたところで、雅人が三人の朗らかな会話に割って入るように鬼の形相で叫び、瞬間的に衝撃波が打ち出された。その咆哮に反応した三人がほぼ同時に雅人に鋭い眼光を向ける。


「今更何しに戻ってきやがったんだ」


 そう言い放った雅人に対し、洸太は一歩前に出て、決意に満ちた表情ではっきりと告げる。


「この戦いを、終わらせるためだ。僕はもう逃げない。何があっても抗い続ける。何が何でも、お前を倒す!」


「上等だよ。そんなに死にたいならお前らまとめて殺してやる!」と雅人は吐き捨てて怒りを露わにし、そんな雅人の攻撃に備えて咄嗟に身構える洸太たち。


 三人での共闘は夢へと消えたかに見えたが、まさかこの状況でこのような形で実現できるとは想像もしなかった。


 これまでの互いの蟠りが解けて、立場や上下関係を越えた友情ができたことで一層団結力が強まった今、遂に最後の対決に挑む。

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