第257話 絆創膏
現場からかなり遠く離れた場所にあるビルの屋上に茜をそっと降ろす。
「打ち身で体中痛めたんだね」泣いている茜を見て跪いて心配そうに言う。
「うん。痛いけど、でも少し休めば多少楽になると思う」と頬を伝う涙を手で拭って答えた。
「それなら良かった。ここなら巻き込まれることは無いだろうから、安心してゆっくり休んで」
「うん……助けてくれてありがとう」と頬を赤らめて礼を言い、それを受けて洸太は思わずはにかむ。
話したいことや言いたいことが山ほどあったが、少なくとも今このタイミングで口にすることではないと気丈に振る舞う。思い続けてきた「まこ」が生きていて、またしてもこうして助けてくれた。今はそれだけで十分だった。
「それじゃあ、僕は行くよ」と言って立ち上がると、茜が「待って」と唐突に声をかけたのでその声に洸太は振り返る。
「どうしたの?」
「膝、怪我してる」そう言われて洸太は自分の足に目をやった。確かに右の膝にいつどこで負ったか分からない擦り傷があり、血が出ている。
「ああ、こんな傷、どうってことないから気にしないで」
「いいから」とポケットから一枚の絆創膏を取り出して、有無を言わさぬ手つきで洸太の擦り剥いた膝の傷口を奇麗に拭いてから絆創膏を付ける。
それは、今まで「まこ」という初恋の相手だと思っていた城崎が怪我したときのためにと、肌身離さず持ち続けていたものだった。もうてっきり使う予定は無いものと思っていたが、こうして奇跡の再会を果たせたことで、あの時公園で助けてくれた恩を漸く返すことが出来て良かったと心の底から安堵する。
洸太としては、彼女がどうしてそれを持っているのか分からない。もしかしたら城崎のために持っているものなのだろうと察した。そんな絆創膏をこんな自分のために使ってくれるなんて思いもよらなかった。
膝を擦り剥いた程度で、わざわざ女の子に絆創膏を貼ってもらうなんて男らしくないと思い、「本当に大丈夫だから」と断ろうとしたが、ここでその優しさを無碍にしてしまってはなんだか悪い気がしたので、少し照れつつ、茜が処置してくれているのを見守った。
そうして絆創膏を貼ってもらい、改めて「ありがとう。じゃあ、行ってくる」と言い残して身体を宙に浮かせて大混乱の現場へ戻っていく。
茜は彼の姿が見えなくなるまで名残惜しそうに目で追い続けた。
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