第252話 復讐の終わり、轟く絶叫

 城崎の叫び声も虚しく響き、紙を鋏で切られたように一瞬にして胴体から切り離された城崎真奈美の頭が地面に落ちた。切り口から赤茶色い鮮血が大量に流れ出て地面を染めていき、雅人も顔に返り血を浴びてしまった。


 何が起きたのか分からず、口を開けたまま呆然自失しており、あまりの衝撃に息が止まったが、数秒後には呼吸を取り戻した。


「嘘……そんなぁ」声を詰まらせて漏らす。目の前に広がる惨状を目の当たりにした茜は目を疑い、恐怖に身体がビクビク震えていた。


「これで、自分の命で息子の罪が償えるんだ。さぞ本望だろう。他の二人もそうだったが、お前はとりわけ命の重さを全く理解していない。連帯責任さ。だからそんな天狗みたいな傲慢不遜な態度でいられるんだ。いや、寧ろ悪魔の方が相応しいか」と、目元に付着した返り血を親指でサッと拭き取る。

 

 ほんの数日前まではまさかこんなことになるなんて想像すらしなかった。他人よりいい成績を取り、学校一の美少女を彼女にし、他人を脅して靡かせて支配する。


 そのステータスを手に入れて人より優位に立ち、誰よりも完璧で楽しい学校生活を送る。それこそが俺の思い描いていた理想的な青春で、それが彩りとなって俺の人生をより完璧なものに仕上げてくれる。そう思ってきた。


「傷つくから痛みが分かる。痛みを知ってるから相手の痛みが分かる。痛みを知ってるから人に優しくなれる。お前は一時でも、傷つけた相手の痛みを感じたことがあるか? 


いや、無いだろうな。普段から痛みを感じない特殊な体質に恵まれ、親の力を笠に着て威張ってるお前に他人の痛みなんぞ少しも理解できるわけがない。自惚れも甚だしいんだよ。王様気分もこれで終いだ」


 ショックのあまり、雅人の言っていることがあまり耳に入って来ない。あと一歩のところで自分の理想とする高みへ昇り詰めることができると思い込んでいた。その理想としていた完璧な人生が、まるでジェンガのようにこうも容易く崩れて、落ちるとことまで落ちてしまうとは。


 俺の人生なんて所詮その程度のものだったのかもしれない。もしかしたらこれは、今まで散々取ってきた横柄な態度や非礼に対する報復なのかもしれないとさえ思った。


「ううっ……真ぉ!」体を押さえつけられた状態で茜は呼びかける。


「どうだ。暴力で捻じ伏せられ、弱者に嘲られる気分は? 悔しいなって思うだろう。だがな、それが今までお前がやってきたことだ。因果応報ってやつさ。力で捻じ伏せるのも暴力。人を騙してスマホやSNSを使って陥れるのも立派な暴力だ。


そんなことも知らないお前みたいなクズは、大層な夢を語りながら欲に塗れたただの醜い大人になるだけだ。いいか、人を貶して、騙して、陥れて手に入れたものに何の価値もありはしない。ましてやそれで人の上に立って人生の勝ち組になろうとか何ふざけたこと抜かしてんだよ。世の中舐めるな」


 虚しく横たわる母親の物言わぬ亡骸をそう長く見ることが出来ず、つい視線を逸らして悪夢なら醒めてくれと願うように頭を激しく振る。それを見逃さなかった雅人は城崎の顔を容赦なく蹴り上げ、右手で髪を鷲掴みして眼前の母親の亡骸を無理矢理直視させる。


「目を逸らすなぁ! これは夢じゃない、現実だ。実際に起こった出来事だ。これで思い知ったか。あの時橋の上でお前は俺に対してビビってないと図太く意地張ってたよな。今はどうだ! 俺はな、お前みたいな性根が腐っている奴が大嫌いなんだよ。


そんなお前に岡部も追い詰められて、俺のお母さんも殺した。だから俺はお前ではなく、母親を目の前で絶対に殺すって決めたんだ。この苦痛をたっぷり味わって一生悔い改めると良いよ。それがお前への罰だからな!」


 言いたいことは言い切った。あとはこいつの泣き崩れるところしかと目に焼き付ければ俺はもう思い残すことなく復讐を成し遂げられるというわけだ。


 城崎の息遣いが刻一刻と激しくなっていき、頭痛も襲ってきた。脈拍が速くなるにつれて痛みも増していく。今にも精神が崩壊してしまいそうだったが、雅人は気にせず更に畳みかける。


「このボケナスがぁ! お前が言ったことを一字一句そのまま返してやる。お前の所為で、愛する母親が死んだんだ。自業自得だ。ざまあみやがれ!」


「う、うわぁあああああああああああああああ!」

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