第251話 執行

「くっ……お母さんは関係ないだろ。卑怯だぞてめえ!」そんな彼女を尻目に、城崎がたまらず叫ぶ。


「それはこっちの台詞だ。他人の親を殺したことを棚に上げといて、自分のこととなると必死に庇うのか。どこまでも忌々しくて愛でたい奴だな。今更虫の良いこと言ってんじゃねえよ。だからこうして思い知らせてやるんだ。嘗てお前が俺にやったようにな」と呆れた風に言う。


 城崎はただ呆然としていて、これから想像だにしない凄惨なことが起きることを予感して心臓の鼓動が速くなり、緊張も高まっていった。 


「おい、茜ぇ! いつまでそうやって項垂れてるつもりだ! 早くあいつを止めろぉ!」と、茜に向かって吠える。


 その様子から、どれだけ必死なのかが伝わってくる。はらわたが煮えくり返るが、この状況で動けるのは茜しかいない。藁をも掴む思いで茜に頼ることにした。

 

 城崎の声を聞いて我に返った茜は、スローモーションのようにゆっくりと顔を上げ、虚な表情で目の前の景色を見た。いよいよ処刑が行われようとしているところが目に飛び込んできて、雅人が城崎の母親を本気で殺すつもりでいるのだと理解する。


 また人が目の前で死ぬ。また同じ悲劇が繰り返される。そう危惧した茜は、今は嘆き悲しんでいる場合ではないと自分を奮い立たせて、何としてでも雅人の暴走を止めて最悪の結末を回避しようと、すぐさま立ち上がって走り出した。


 しかし、そんな茜を東は睨んで念力を打ち付けられ、それによって身体が硬直して、地面にダイブするように勢いよく転んでそのまま突っ伏して動けなくなった。


「茜えええ! 何やってるううう! 早く止めろって言ってんだよぉ!」


「う、動けない……」まるで数十キロの鉄板で圧し潰されているような感覚だった。雅人の念力に抗おうとするも、指一本動かすことさえできなかった。


 雅人が超能力者だったということをうっかり忘れてしまい、つい馬鹿なことをしたなと悔恨の念に苛まれる。殺意を剥き出しにしている彼に立ち向かうなんてとても勇気のいる行動なのに、どうしてそう思い立ったのか自分でもよく分からない。気が付いたら身体が勝手に動いていた。


 真を裏切ったことによる罪の意識から起こしたわけではなく、ただ、この状況下で動けるのは自分しかいないというのと、純粋に城崎の母親を助けたいという漠然とした正義感に駆られた行動だったと思い返す。自分が認識するより速く身体が動いた。


 これは先ほど雅人が口にしていた、「意識より体が速く反応する」という現象を自らの行動で証明することになってしまうという、なんとも皮肉な結果であった。


「そのまま大人しくしていてくれ。頼む」


「おい、まさかお前……」


「うっ、うぅ……ごめん、真……」と茜が苦しそうな表情を浮かべながら謝る。


「折角だから、もっとこっち来なよ」と人差し指を曲げて手招きする動作をした。


「うっ!」と城崎の身体がまるで見えない釣り糸に引っ張られるかのように雅人の方へ引き寄せられていき、母親の眼前まで近づいた。近くで見る母親の顔は精気が無くやつれている。


「お前のお母さんって、愛する我が子のためなら何だってするんだよな? 世界で一番お前の事を愛してるんだからな。だったら、命を懸けることだって厭わないよな」と訊きながら斧を振り上げる。


「や、やめろぉ! お母さんに手を出すんじゃねえ、この人でなしが!」と蚯蚓のように手足の動けない身体をくねらせる。


「城崎真。罪状は、『学校の校長兼PTA会長でもある、母親の城崎真奈美の御子息としての権力を悪用し、独断と偏見でクラスに階級制度を設けて自分の都合のいいように分割したことや、そのクラスの中で気に入らない連中を軽蔑し、必要ならば岡部のように学校から排除するなど、暴虐の限りを尽くしたこと。


光山洸太を利用して俺を呼び出し、集団暴行で殺人を図ったこと。そして、俺の母親の殺害を部下に命じたこと』だ。よってお前には、『最愛の母親が死ぬ瞬間を眼前で見届けてもらう刑』に処す」


 西洋のギロチンで処刑しようとする兵士のように、事務的な口調で罪状を淡々と述べた。


「やめろ、それだけはやめてくれ……何でもする! 金なら幾らでも出す! だからせめて、お母さんの命だけは勘弁してくれぇ!」


「私からもお願い! どうか殺さないで!」と涙ながらに慈悲を求めて訴える城崎に続いて、茜も必死に懇願する。


「お前の罪は金では償えないさ。命乞いも甚だしいな、見苦しいぞ。そもそもこの事態を招いたのは自分だろ?」


「頼む……お願いだ!」


「可愛い息子に言い残すことはあるかい」雅人は城崎の必死の訴えを聞き流し、斧を振り上げたまま城崎の母に問いかけた。


「やめろぉおおおおおお!」

 

 そう叫ぶ息子を前に、母親は何かを悟ったような凛々しい顔つきで愛する息子に語り掛ける。


「真、大丈夫よ。聞いて。いい? お母さんは、どんなことがあっても、あなたのことを愛して――」


 城崎の母親が言い終わるのを待たずに、雅人は暖炉に使うための堅い薪を割るかのように、斧を勢いよく振り下ろした。

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