第145話 相応のお供え物

「まさか、生贄になれと……?」


「そうだ。君の身体を献上しニーヴェ様への感謝を捧げる。我々の言語や儀式のイロハ、祷詞も知らない。ましてやエテルネル族でもない君に出来ることは最早それぐらいしかない。


そして、真に勝手ながら、昨日の治癒祷祀で祈りを唱えていた際、相応のお供え物として、君を生贄として捧げることで手打ちとするとニーヴェ様に誓ったのだ」それを聞いて洸太は、岩嶺が負傷して瀬戸際に立たされて彼に妙な質問をされた時のことを想起し、それを尋ねてきた意図を漸く理解する。


「そんな……もし断ったらどうなるのですか?」良からぬ答えが返って来ることを予感しつつ恐る恐る聞いてみた。


「恩恵を賜っておいて感謝を示さない不届き者と見做され、君や周りの者達にニーヴェ様の神罰が下るだろう」


「そのニーヴェ様にお願い事を叶えて頂く度に、何かを捧げる決まりなのですか?」


「そうだ。それが、レギオン教を信仰する我々エテルネル族に定められた、神の偉大なる摂理だからだ。神の摂理は宇宙の摂理。破ることなど断じて許されぬ」ときっぱり言い切った。発した言葉一つ一つに、キリスがどれ程敬虔な教徒なのかが伝わってくる。


「これから戦いが始まるというのに、死ぬなんて……」と無念そうに呟く。あまりにも壮大すぎる話に、付いていくだけで精一杯なのに、いきなり存亡を懸けるという話に発展していったのには頭が混乱しそうになった。


「すまない。本当にすまないと思っている。だが、他に方法が無かったのだ。治癒祷祀でなければあの男は助からなかっただろうし、何よりこれはその闘いに備えるための重要で必要な儀式だ。


君が考えている以上に我々の置かれている状況は深刻だ。君が突き放してしまった友の力は日に日に増大しており、益々危険な存在となった。実際に彼と戦ったことのある君なら、その事実を認識している筈だ」


 そう言われて洸太はこれまでの雅人との戦闘を振り返る。確かに雅人の戦闘力とスキルは自分より遥かに凌駕していると痛感していた。


 先の東京セントラルベイブリッジでの戦闘時にその差ははっきり表れており、そしてどんどん広がっていくばかりだった。これでは雅人の暴走を止めるという責務を果たすどころか、闘いに挑んだところで全く歯が立たずに呆気なく打ち負かされてしまうのは火を見るよりも明らかだった。


「もとより彼も彼で危険だが、それ以上に厄介なのはもう一人の少年の方だ」


「岡部の事ですか?」


「抜群の身体能力とスキルを有しており、それらを遺憾なく発揮して闘う戦闘力の高さと狡猾さも備わっている。君たちが戦闘を繰り広げていた橋へ早急に駆けつけようとしたところで突然私の前に立ちはだかり、そのまま空の彼方へ押し切られて戦う形となった」


 キリスが駆けつけようとした時、迎撃してきた浩紀と激突しそのまま雲を突き抜けた上空で戦闘を開始した。両者にとって二度目の激突である。そして頃合いを見計らった浩紀が周りの景色に溶け込むようにして消えていった。


 確かにあの時、雲の向こう側で大気と大気がぶつかり合うような衝撃音が数回聞こえたような気がすると、傾聴していた洸太がそう回顧する。


「あの少年は洸太君と同じ人間でありながら、何か底知れぬ禍々しさと悍ましさを感じてならない。あまり覚えていないが、この感覚は以前どこかで体験したことがあるような気がする……それほどまでに不気味で狡猾な奴なのだ。それは、あの少年が放つ精体反応でも同じだ」


「精体反応?」


「我々のような知的生命体や動植物など、全ての有機体が持つ固有の生命エネルギーだ。自分自身でも気づかない無意識のうちに一定の間隔で常に放出しているもので、それぞれの個体によって波長の色や特徴が異なる。


その精体反応を感知することによって、その者の現在地や質量、力の強さ及び今どういう精神状態かが読み取れる。君たちの言葉で言うところのオーラと同義と考えて良い」


「じゃあ、キリスさんが岡部から感じた精体反応って……」


「それは、まさしく何でも吸い込む暗黒天体。君たちの言葉で言うブラックホールのような、落ちたら二度と出られない奈落で、際限なくどす黒く、この上なく邪悪で、底知れぬ悪意を感じる。


そんな彼と君の友というのはある意味これ以上ない最高に相性の良い組み合わせとも言える。残虐性と凶暴性に歯止めがかからない。だからこそ、君には新たな力を修めて強くなってもらわねばならないのだ。その力というのはこれだ」


 すると、懐に忍ばせていた白の風呂敷を取り出し、結び目を解くと中から白みがかった水晶玉が入っていた。


 キリス達の種族にとっての三種の神器の一つのような特別な物なのか、神々しさを帯びていてそれ自体が発光しているようにも見えて、あまりの眩しさに洸太は直視出来ずつい目を逸らす。

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