第144話 七賢星

 一夜明けて朝を迎える。昨夜と打って変わって晴れ渡る蒼穹が広がっており、燦々と輝く太陽の光が地上に降り注ぐ。


「そうか、そのような壮絶な生い立ちを過ごしていた上に、再会も果たせなかったなんて……いたたまれないな」と、岩嶺とどのようなやり取りを交わしたのか、その内容及び洸太の過去を聞いて同情した。


「でも、そうやっていつまでも悲観していたって、亡くなったお母さんが生き返るわけではない。僕には二人の母親がいる。一人目は僕に洸太と名付けてこの世に産んでくれてから、どんな時でも傍を離れなかった実の母親。


二人目は、養子として迎え入れたものの、僕に他の名前を与えようとせず、光山洸太として色々世話をして厳しく育ててくれた里親。今でこそ、二人とは決別して自分の道を進み始めているけど、二人のお蔭で今の僕があることは紛れもない事実だ。そのことに心から感謝しなければならない。


僕が選んだこの道は、想像以上の苦難や壁が待ち受けていて、逆境に立たされたり、躓いたり、打ちのめされたりすることもあるかもしれない。だけど、それでも二人のお母さんが僕のことをいつまでも見守ってくれる。そう思うことで、どんな試練にも打ち克つ。


そしてそれを誇りに思いながら、自分の進む道を信じて胸を張って生きていく。きっとそれが、天国にいるお母さんと、療養中のお母さんへの恩返しだと思うから」


「素晴らしい心構えだ。きっと母親も浮かばれて、生きているもう一人の母親にも君の想いは伝わって大喜びするだろう。今の君なら、どんな困難や悲しみも乗り越えていけるさ。これから始まる戦いにも」


「そのために自分の弱さと恐怖を克服しました。早速日向たちのところへ直行しましょう」


「その前に、ある儀式を行う必要がある」


「儀式?」


「ああ、付いて来い」と言って、治癒祷祀を実施した山間部の開けた場所へ再び足を運んだ。


「今回行うのは洗礼奉祀せんれいほうしと呼ばれる儀式だ。昨日の治癒祷祀と同様、我々エテルネル族が執り行う神事の一つで、七賢星ななけんせいでなければ行うことを禁じられている特別な儀式だ」


「七賢星とは何ですか?」


「我々エテルネル族の中で最高位に属する七名の賢星たちのことで、またの名をセプテントリオンと言う。最も清らかで崇高なる者たちの尊称で、エテルネル族を束ねる最高指導者であり、偉大なるニーヴェ様に最も近い使徒聖霊としても崇められている。


その証として、首に下げるメダリオンと賢者の杖を授与されている」と、彼が下げている、七色に光る七角形の不思議な装飾品と杖をこれ見よがしに見せ、それを見て洸太は、彼がセプテントリオンの一人だということを知って、「えーっ!」と大声で叫び驚嘆する。


「まさか、キリスさんもその一人だったなんて……」


「いやいや、私はあくまで代理を務めているだけだ。実際の七賢星たちは私なんかよりずっと気高く、崇高で、威厳に満ち満ちている。あの方々に比べれば私など足元にも及ばない未熟者さ。このメダリオンも一時的に預かっているだけに過ぎない」


「そのセプテントリオンでないのなら、この儀式を行う必要なんて無いのでは?」


「いいや、君には何としてでもこの儀式を引き受けてもらう。君でなくてはならないのだ」


「どういう、ことですか?」


「実は昨日の治癒祷祀で、岩嶺という男の負傷をニーヴェ様の御力によって完治出来た。ニーヴェ様の御慈悲により、治癒の為に賜れた御力と引き換えに、その恩恵に預かった者は何かしらの形――例えば、それ相応の捧げ物を供えて還さねばならない。


穀物が豊かに実って豊穣だったことに感謝し、採れたてのお米や麦、豆などの穀物を神様に供えて奉る祭りと同じように、どんな供物を差し出すべきかは、自分の叶えて欲しい願いの大きさによって変わってくる。つまり、願いが大きければ大きいほど、それに等しく釣り合う供物を用意しなくてはいけない」


「理屈は分かりました。しかし、岩嶺さんを治してほしいという僕の願いと同程度の捧げ物ってどんな……?」


「今回の場合、洸太君。君自身が供物になるのだ」真顔で真っすぐ目を見て告げる。

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