第142話 母の願い

「いつまでも光に溢れる人生を送る。それがお母さんの願い……」


「そうだ。だから自分のことを不甲斐ないとか、意志の弱い人間だと自分を卑下するような勿体ないことはするな。でなければ、折角抱いたその立派な覚悟も泡となって消えてしまうぞ。


それでも、覚悟を持って物事や課題に挑むことはなかなか出来るものではないだろう。その時は、今私が言ったことと自分の名前の意味を思い出して、堂々と胸を張っていきなさい」と教訓を述べて激励する。


「ありがとうございます。岩嶺さんとの会話で心の整理が出来ました」と、いつの間にか姿勢を正して聞いていた洸太は、お礼の言葉を述べて深々とお辞儀をした後、徐に立ち上がる。


「もう良いのかい?」


「はい。そろそろ失礼しようと思います。やらなければいけないことがありますので」と決意の籠った口調で告げる。出会った当初はおどおどしていたのに、岩嶺との会話を経て、どこか自信が付いたように見受けられた。


「そうか。ならばお母さんに挨拶していくと良い。奥の部屋に仏壇があるんだ」と言って、洸太を隣の部屋へ案内する。

 

 壁沿いに小さな仏壇が置いてあって、洸太はその前に星座をして線香を立てて、鈴台に置かれた鉢型の鈴を叩いて鳴らし、「チーン」という音が鳴り響いたと同時に、洸太と岩嶺の二人は両手を合わせて黙祷する。


「写真を仏壇に飾ろうと思うのだが、洸太君が決めてくれ」と、黙祷を終えたタイミングで岩嶺がそう持ち掛けた。


「そうですね」と、迷う様子を見せながら、アルバムを開いて写真を選ぶ。「やっぱりこれでお願いします」と言って、数ある写真の中から手にしたのが、小さかった洸太を笑顔で抱きかかえて、優しく微笑む実母を写した写真だった。岩嶺は「分かった」と言って写真を受け取る。


「岩嶺さん。何から何まで本当にありがとうございました」と、改めて感謝の言葉を述べて深々とお辞儀をした。


「私の方こそ、こうして君と出会えて良かったよ。この前家まで来てほしいと頼んだあの時、まさか私のことを信用して、ここまで付いて来てくれるとは思わなかったが」


「岩嶺さんが僕の名前を聞いてくれた後、間を置かず僕の母親の名前を聞いてくれました。僕の名前を聞いただけであの質問を思いつくのは、余程何か込み入った事情を抱えているのだろうなと、何となく感じ取りました。


それに、文面だけではその人の全てを推し量ることは出来ないと思っていましたし、違ったら違ったで、また知る手がかりを探せばいいやとあまり期待していなかったところもあったので。でも、結果的に来て良かったなと思います」


「私もこれでやっと、君の母親の思いの丈を伝えることが出来てとても嬉しいよ。君のお母さんも同じ気持ちの筈だ。今の君を見て、お母さんもさだめし誇りに思っているだろう」


「全てが終わって落ち着いたら、お墓参りに行きたいです」


「分かった。一緒に行こう」


 固い握手と約束を交わした後、岩嶺と別れて家を出る。洸太は、ここから来た道を逆に辿って、キリスの待つ山へ帰還するのだった。

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