第141話 二人の母親

「確かに君の世話をしてくれていた里親は、病院送りにされても仕方ないほど君を苦しめ続けてきた残虐な人だったのかもしれないが、それでも君を家から追いだしたりせず、我が子のように面倒を見て世話を焼いてくれたのは、その人なりの愛情だったと推測できる」

 

 それを聞いて洸太は、里親とともに暮らしていた頃の記憶を想起する。一つ一つの行動を常に監視しつつ、気に食わない点があったり、洸太が自分で考えた行動を取ったりしたら、それは里親にとっては全て過ちであると激しく糾弾して折檻する。まるで失うのを極度に恐れているかのように、洸太の心を限界まできつく締め上げる。


 そんなプレッシャーに押し潰されそうになりながら、毎日を過ごしているうちに次第に自分に何を期待しているのかが分からなくなって、いつしか里親のことが信じられなくなっていった。期待に応えるのも馬鹿らしくなり、全部どうでもよくなっていった。


 いつだって得るものよりも失うことの方が多い。特に理想は追求しようとすればするほど、手が届かなくなっていく。それを知らない里親は、思い通りになっていると確信していた洸太の心がバラバラに崩壊するまで、どれほどの苦しみを味わってきたのかすら気付かなかったし、気付こうともしてくれなかった。そんな里親の理想とは違う、自分らしいやり方で生きたいと決意して、里親と決別した。


 それからは、東や陽助といったネオテックの人達との出会いと交流、そして過酷な訓練を通して、責任感が芽生えて、雅人や浩紀との戦いに身を投じるようになったが、それもこれもある意味里親に苦しめられてきたお蔭とも言える。


 あの時、あの日々で、自分の心と体が限界まで追い詰められたことで感情の制御が利かずに爆発して、超能力に目覚めた新たな自分と出会えた。もし真逆の人生を送っていたなら、きっと変化することを恐れて殻に閉じ籠っていたに違いない。


「この世に君を産んでくれた実の母親と、本当の子ではないと知りながらも我が子のように育ててくれた里親。どちらとも悲惨な結末を迎えたが、そんな二人が君にしてきた行為ではなく、君を思う心があったんだと思えば、少しは心にかかった靄が晴れるのではないかな」


「そうですね。片やワンオペ育児に精神が参って心中を選んだ生みの親と、自分が叶えられなかった夢を勝手に押し付けられて、あれこれと熱心に手を尽くした結果、目論見通りに育っていかないことに鬱憤が募って虐待するようになった挙句、手にかけようとしてきた里親。


二人の母親が僕にしてきたことは、愛情によるものとはどうしても思えず、一生許すつもりもないですが、一般的なそれとは違う形で愛情を注がれたのは否定できませんし、二人の母親のお蔭で今の僕がある。そう思うことでほんの少しだけでも、自分のこれまでの人生を肯定できると前向きに捉えて、前へ進む原動力になれる気がします」


「今はそれでいい。いずれ心から感謝して本当の意味で許せる日が来る筈さ。これは多くの人が気付いていないことだが、人間というのは実に多くの命によって支えられているんだ。人間は一人だけでは生きていけないからな。それに、君の名前の『洸太』の意味は、いつまでも光に溢れる人生を送ってほしいと、裕子さんがそう願いを込めて付けてくれた名前だ」

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