第135話 岩嶺の自宅

 山道を降りていき、麓に着いてからバスと電車を乗り継ぐこと約一時間半。下りた駅から歩いて商店街の中を進んでいき、二つ目の交差点を右に曲がって数百メートル程歩いて左側に岩嶺の住んでいるアパートが見えた。


 ここに来るまでの間、陽助や倉本たちに後を尾けられていないかどうか周りを警戒していた。キリスのお蔭でリストバンドを外せたからと言って、彼らの監視の目から逃れたわけではないので、不安で仕方が無かったが、その懸念も杞憂に終わったようでホッと胸を撫で下ろす。


 大家の方が建物の点検や清掃を定期的に行っているからか、築二十年以上経っていて全体的に少し寂れているアパートでも、新築のそれと変わらない雰囲気を感じさせられる。二階建てで、岩嶺の部屋は階段を上がった一番奥の部屋だった。


 岩嶺が玄関のドアを開けて中へ入り、台所を通って居間へと案内された。岩嶺自身が綺麗好きで几帳面なのか、キッチンや部屋の清掃が隅々まで行き届いていて、物もきちんと整理整頓されており、いつでも来客をおもてなし出来るような状態にしているようだった。


 洸太はひとまず居間の畳にゆっくり正座して家の中を見渡す。広さは1DKで、インテリアは正方形のローテーブルと、隅に畳んで置かれてある布団だけの質素な物しか置いていなかった。


 岩嶺が洸太の目の前に温かいお茶を差し出す。いただきます」とお礼を言って、手に取って息を吹いて冷ましながら一口飲む。ここへ来るまで何も口にしていなかったことも相まって、旨味が増しただけでなく緊張も少し解れたように感じた。


 お茶を飲んでいる間、岩嶺は布団のすぐ隣にあった衾を開けて、その中から数冊ものノートとアルバムを持ってきて洸太の前に置く。


「これは裕子さんが生前記していた日記帳とアルバムだ」と、気になっている様子の洸太を見越して答えた。そう聞いて洸太は一番下にあるアルバムを引き抜き、中身を開いて目を通す。各ページのそれぞれのポケットには、幼少期の頃の洸太の姿や、まだ小さかった自分を笑顔で抱きかかえる実母の様子を写した、微笑ましい写真ばかりだった。


「この人が、僕の……」


「ええ。とても芯が強くてどこまでも直向きな女性だった。亡くなってしまったのが未だに信じられなくて……」


「教えてください。お母さんはどんな人だったのか、そして岩嶺さんとどういう関係なのか」


「分かった。全て話そう」と、まるでそれを聞かれるのを待っていたかのように、満を持して語り始める。

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