第134話 岩嶺孝史
「祈りは終わった」と一言残して立ち上がって男の方へ歩き、洸太も後を付いていく形で近づく。
彼の祈りが効いたのか、男が負った全ての傷が完治していた。先程の猛烈な光によって癒されたのだろうと洸太は考えた。足音に反応したのだろう、男の目が開いてこちらを見下ろしている二人の姿が目に映った。
「気が付きましたか。もう大丈夫ですよ」と洸太が優しく声をかける。
「うっ、ここは……確か、私は」
「叫び声が聞こえてきたので見に行ったところ、あなたが倒れていました。それでここへ運んで処置をしておいたんです」
「そうだったのか。突然台風のような強い風が激しく吹いてきて、それで足を滑らせてしまってね……見たところ、身体のどこにも傷は無いようだが」
「それは、ここにいるキリスさんによる手当が素晴らしかったからです」
「私は私のするべきことを全うしただけで、傷が治ったのはニーヴェ様の御力によるものだ」と素っ気なく答える。
「ニーヴェ様?」
「ニーヴェ様とは、我々エテルネル族が信仰している、レギオン教における神様で、この広大な宇宙を創造した唯一の絶対神のことだ」
「そうだったんですね……ひとまず傷が癒えて良かったです。それから、信じられないかもしれませんが、先程の突風は僕が無意識に起こしてしまったもので……」と男の方を向き直って申し訳なさそうに告白する。
「気にしないでれ。あなたたちのお蔭で私はこうして助かったのだから。ところで、君とは以前どこかで会ったような……」
「はい。僕が住んでいるマンションの前で初めてお会いして。あの、僕は光山……永守洸太と言います」
「永守か……ちなみに、下の名前は漢字ではどのように書くんだ?」
「えっと、さんずいの付く光に太いと書いて洸太と言います」
「そうか。失礼を承知で尋ねるが、確か母親の名前は永守裕子ではなかったか?」
「はい、そうです。でも、どうしてそのことを……?」と男が口にしたことに衝撃を受けて戸惑いを隠せない様子の洸太だった。
「そうか、君が彼女の息子だったんだね。まさかこんな形で会えることになるとは」と感激した口調で言う。
その様子はまるで、長い間ずっと探し続けてきた宝物を漸く発見出来たような、言葉では言い表すことができない達成感を覚えているかのようだった。
それを受けて洸太は何が起きているのかまだ理解できておらず、キリスは介入することなく、まるでこうなることを始めから知っていたような涼し気な顔で眺めていただけだった。
「私の名前は
実の母親が既に亡くなっていると分かって一度は追究することを諦めかけた自分の本当の出自。その母親のことを良く知る人物と思いがけない出会いを果たしたことで、そのことを再び知るチャンスが訪れた。これを逃したら本当の自分を知る機会を永遠に失ってしまうだろう。
もとより洸太は少しも躊躇わず岩嶺孝史と名乗る男に付いていくと決めた。しかしそれは同時に、キリスと暫く離れなければならないことを意味する。
「あの、少しの間だけ待っててもらえないでしょうか?」と洸太はキリスの許しを得ようと恐る恐る聞いてみた。
「その必要はない。私はここから動くつもりは無いからな。君の、友達を救いたいというその覚悟が本物であるならば」と、そう返して背を向ける。
「……はい、必ず戻ります」と言い切ったが、彼は反応せずそのまま歩き続けた。
これは決して単なる束の間の休息ではない。自分が何者で、本当の母親とはどういう人間なのかを知るために岩嶺と言う男に付いていく。
そして必ずやここに戻ってトラウマを解消するための修行に励む。キリスからの言葉を重く受け止め、岩嶺と共に下山していった。
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