第133話 治癒奉祀

 杖を置いて両手をパッと前に広げる。すると両手から念力が打ち放たれ、突風となって一面の砂や小石を払い除けて一瞬にして、雪の結晶のような複雑な模様が地面に描かれていった。


 よく見るとその模様には明らかに地球上には存在しない言語の文字がズラリと書かれており、一つ一つの文字が象形文字若しくは阿比留草文字のような形を成している。


「こ、これは……?」アニメや小説といったものでしか見ることはないと思っていた魔方陣を実際に目にし、目を丸くして唖然としている。とにかく目の前で起きた出来事を理解するのに精一杯だった。


「これは祈祷を行う際に使われる聖陣だ。対象者をその真ん中に置いて祈りを唱えて傷を治す」


「えっ、そんなことが?」


「今から行うのは『治癒奉祀ちゆほうし』という儀式で、この祈りを行えば清らかな心を持つ者や他の者に良い影響を齎す者であればどんな傷でも完璧に治すことができるのだ」


「それでさっきあのような質問をしてくれたのですね」


「ああ。だが本来ならばこのような儀式は神に助けを求めている者――つまりこの場合、神の癒しの光でその者を救っていただきたいと願う君が、斎主としてこの儀式を取り仕切って祷詞いのりことばを唱えるべきだが、我々の言葉を知らない他種族の君にそんなことを無理強いするわけにはいかない。


そこで今回は、そんな君に代わって私が斎主となり祈祷する。その間君は、儀式の邪魔にならないように離れたところにいてほしい。無論、この地の言語で心の中で祈りを唱えても構わない。大切なのはどういう言葉で祈るかではなく、治って欲しいと願うその想いの大きさなのだからな」


「分かりました」と了承する。今日に至るまで立て続けに起こった超常的な出来事や、現象を目の当たりにしてきたことで慣れてしまったというのもあって、不思議と何の疑問を持たなかった。


 本当に祈りだけでその男の傷を治せるのかどうかという不安はあったものの、キリスであればそれを難なくやってのけるだろうという信頼を寄せており、安心して儀式を見守ることができると期待出来た。


 キリスは男を念力で浮かせて聖陣と呼ばれる魔方陣の中心に慎重にそっと置いた。


 厳粛な雰囲気の中で、二人は互いに目を合わせて確認を取るように同時にコクリと頷くと、キリスが魔法陣の傍で跪いて目を閉じ、偉大なる神の栄光と御加護を精一杯浴びれるように掌を上にして両手を広げる。洸太も続いて跪き、両手をガシッと合わせる。


 そしてキリスは、大きく息を吸い込んで自分と同じ民族の者にしか分からない言語で、訴えかけるような強い口調で祈りを唱え始める。




おお、私たちの偉大なる神ニーヴェ様


宇宙にましますいつくしみ深き神よ。私は今、この地球という惑星から、願いを聞き入れていただきたくあなた様の前に跪いて祈りを捧げます


この男は先程、山道の途中で足を滑らせ、山の斜面を勢いよく転がって倒れて大怪我を負ってしまいました


彼は、光山洸太という少年の力の影響によって、偶然にも巻き込まれてしまいました。彼は洸太と関わりのある者です


いずれはきっと洸太に良い影響を与えることでしょう。そして本当ならば、洸太が彼のために祈りを捧げるべきですが、あなた様の存在を存じ上げないことを憐れみ、洸太に代わってこの私が祈りを捧げます


そして必ずや、この願いに等しいをご用意してまいります


なのでどうか、どうか、彼をあなたの聖なる光の中に受け入れ、あなたの御力によって傷を治し、身と心を癒してください


天に座し、全ての星々を支配するあなた様の御力で、この地球という惑星を通じてあなた様の御力と愛と恵みが、彼に注がれますように祈ります


あなた様のあわれみに支えられ、罪を赦し、罪から解放されて、降りかかる全ての困難に打ち克ち、あなた様の御名によって導いてくださいますように


そしてこの祈りによって、彼があなた様の偉大なる栄光と愛によって満たされ、養われて、あなた様と一つに結ばれますように


いつくしみ深いニーヴェ様、私たちをあわれみ給え


大いなる宇宙の創り主であるニーヴェ様、どうか私たちの願いを聞き入れ給え


 

 

 キリスが祈祷を始めて数分経ったところで地面に描かれた魔方陣の真ん中に置かれていた男の身体が宙に浮かんでいき、魔方陣が眩い青白い光を放ってあたりを包み込んだ。


 直視すれば確実に失明してしまう程の眩しさに、洸太も顔を逸らして両腕で顔を覆う。やがて光の量が少しずつ減退して消えていって男の身体はいつの間にか地面の上に戻っており、周りに描かれていた魔方陣は綺麗にかき消されていた。

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