第132話 トラウマの克服③

「成程。それで水を連想させるものは全て避けて今に至るということだな」


「なってしまったものは仕方ないと受け入れて生きて行くと決めたので、乗り越えようなんて思いもしませんでした。それがまさか、ここにきてそれが仇となってしまうなんて……二回も挑戦して、それでも克服出来なかった……情けない限りです」


「とはいえ、そうやって卑屈になったところで現状が好転するわけでもない。いいかい、不甲斐ないかどうかを決めるのは他者ではない。君自身だ! たとえ全ての者達を敵に回してでも、自分だけは決して自身を責めてはいけないのだ!」


「分かっています……分かっているけど、もうどうすれば良いのか分からなくて……」と絶望に打ちひしがれて悲観的に漏らす。


 トラウマを速やかに解消しなければならない焦りと、それを乗り越えられない不甲斐ない自分に対する憤り。そして雅人の暴走を止めなければならないという責任感。これらの思いがプレッシャーとなって洸太に重くのしかかる。


「先が思いやられるが、やはり駆け足で少しずつ慣れていくしか無いだろうな。時間もあまり残されていない。ひとまず今日のところはここまでにしよう。今の君は心身共に疲弊しきっている。休養が必要だ。これ以上負担をかけたら元も子もない」

と湖を後にしようとしたその時、森の中から誰かの叫び声が微かに聞こえてきた。


 二人は早急に声のした方へ直行した。声を発生したと思われる現場へ駆けつけたところ、泥だらけになった一人の男が仰向けの状態で倒れているのが分かった。見た目からして年齢は六十代の初老の男性と思われる。


 意識はないが心臓は動いており、どうやらかなり高いところから山の斜面を勢いよく転がっていったらしい。ここで洸太が男の顔を見て戸惑いのような何か考え込むような表情をしてみせた。


「どうかしたのか?」とキリスが訊ねる。


「いえ。この人、どこかで見覚えのあるなと思いまして」と以前自分が住んでいるマンションが昔は児童養護施設だったことを教えてくれた男性だったことを思い出した。


「知り合いか?」


「この前初めて会って少し会話を交わした程度で……」


「そうなのか。ならば尚の事早く手当を施さないと」


「そうですね」と言って男性の身体に触れようとした途端、キリスが「待て!」と大声で叫んで制して洸太は彼の突然の大声に驚いて動きを止める。


「下手に触れるんじゃない。傷に障るだろう。頭部の傷を見るに頭を強く打っている。息もしていない。骨が肺に刺さっているんだ」と男性の傷の具合を分析していった。


「そんなことまで分かるんですか? だったら急いで救急車を呼ばないと!」


「落ち着け。君は既にお尋ね者なのだろう。そんな君がこの者を病院に連れて行ったら、君を追っている連中に見つかって襲われてしまうぞ。そうなったらこの者がどうなるかわかったもんじゃない」


「じゃあ、どうすればいいんですか……?」


「私に考えがある。だがその前に私の質問に答えてほしい。この者は君がさっき放った念力の衝撃波によって大怪我をしてしまった。この事実を君は自覚しているのか?」


「はい……だからこうして手当をしてそれから謝罪しようと」


「では、この者は後に君にを齎すと思うか?」


「どうして、そんなことを今聞くんですか?」


「いいから答えろ」と有無を言わさぬように答えを促す。


「……はいっ!」とはっきり返す。彼の質問に一体どんな意図があるのか全く見当がつかないが、ここでもし「いいえ」と答えてしまったらこの男性を見捨ててしまう予感がしたのでそう返答せざるを得なかった。


 洸太の返事を聞いて、キリスは両目を瞑って目一杯深く息を吸い、ゆっくり吐いていった。その後再び目を開けて「ならば結構だ。行くぞ」と言うと、男性を念力で慎重に浮かせて二人が食事を共にした場所まで移動して状態を確認した。

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