第128話 手合わせ①

 キリスと名乗る男と向かい合った洸太は不安そうな表情を浮かべて尋ねた。


「その、手合わせってどこまで本気になれば良いんですか?」


「斃すつもりで来なさい」と真剣な口調で答える。それはつまり、遠慮なんてする必要はないということと同義だった。


 ふと、前にも似た状況に置かれたことがある。それは、ネオテックへの勧誘を拒否した時にそれを認めない東と対立して行われた勝負だった。


 あの時は強引に誘われたことに対する怒りだとか変なプライドに固執していたとか、そういったネガティブな感情に支配されて冷静さを欠いた状態で戦いに挑んでいたが、今回は違う。監禁されそうになったところを救出してくれただけなく、食事まで振る舞ってくれた。


 その方の要求とあらばけんもほろろに突っぱねることはできない。ましてや、東や日向と同等あるいはそれ以上の強さを持っているのなら、手を抜くのは失礼にあたるだろう。この方の言葉通り、礼を尽くすつもりで本気で臨まなければ折角の手合わせの意味が無くなる。


 とはいえ、本気でかかって来いと言われたものの、それは決して対等で闘うという意味ではない。現に相手には武器である杖を持っているのに対してこちらは丸腰だった。もとより武器を用いて戦う方がどう考えても有利であることに対して洸太にとっては非常にやりづらいが、恐らくそれも含めての手合わせなのだろうと受け止めた。


「うーん、なるほど。そうか、そういうことだったのか」


 どのような戦法を取るべきか思いあぐねていると、それを見抜いたキリスがまるで何かを閃いたような口ぶりで話し始めたことに洸太はハッとする。


 そしてあろうことか、キリスは手にしていた杖の位置を持ち換えてその後に勢いよく天に向かって投げ飛ばした。洸太も空を見上げて飛んでいった杖を目で追う。手から離れた杖は、回転しながらあっという間に空の彼方へ消えていった。


「これで君も、遺憾なく戦えるだろう?」と両手を腰に置いて得意げに言う。それを聞いた洸太も、まるで自分の心の中を見透かされたことと、彼が杖を空へ投げ飛ばしたその行動の意味を理解して驚いた。


 これはせめてもの温情なのだろう。しかし、洸太はこれをご厚意と受け取って懸念材料は払拭して漸く対等に戦えることに安堵し、洸太はクラウチングスタートの構えを取る。そして大きく深呼吸してから地面を強く蹴って高く飛んでいったかと思うと、そのまま弧を描きながらキリスの方へ落下していき、前に回転した勢いで右足を上げてかかと落としを繰り出す。


 洸太は技を決めたと同時に地面に着地するが、彼が既に右に移動していて当てられず、しゃがんだ体勢で回転足払いをする。しかし洸太を上回る身体能力により、足払いを跳んで避けただけでなく宙に跳んだ瞬間に洸太を蹴り飛ばした。蹴りを咄嗟に両腕でガードして耐えたにも関わらず、相当な痛みを伴った。


 またこちらから攻撃を仕掛けようとした瞬間、矢のような速さで間合いを詰めてきた。反応が遅れて慌てて殴ろうとするも、止められてしまい殴り返される。強烈なパンチを顔に受けた洸太は怯んで地面に背中を強打して数回転んでいった。途端に起き上がり、近づいてくるキリスに向かって跳んでいき、躱す暇もないほどの高速パンチを連続で繰り出す。


 しかし彼は飛んで来る全てのパンチを華麗に受け流して懐に入り込み、それに気付いた洸太はより速く攻撃しようと、顔面を目がけて渾身のパンチを繰り出し、キリスも拳で対抗する。拳と拳がぶつかり合った瞬間、台風並みの風圧を誇る衝撃波が周囲に放出され、それにより周りの木々や大気が激しく揺れた。

 

 両者の力が拮抗していたが、やはりパワーとスピード、スタミナは向こうの方が勝っており、洸太の拳を容易く撥ね返す。弾き返された洸太はそのまま空中へ飛んでいった。落下したところを狙ってまたしても速やかに移動して距離を詰めるキリスだったが、落下する寸前で洸太は咄嗟に真下に広がる地面に向けて念力を打ち込む。


 まるで隕石でも直撃したかのように大量の土砂が激しく巻き上げられ相手の視界を遮る。すると、粉塵の中から洸太が姿を現し、怯んでいる隙に懐に入った洸太が「鳩尾撃ち!」と叫びながら、左足を強く地面に踏み込んで掌底突きのように指を丸めて手首に近い付け根の堅い部分を突き出すように右腕を伸ばす。


 そうして突き出した右手が彼の胴体に届く直前で手首を掴まれてしまった。渾身の一撃を見切られたことに理解できず狐につままれたようにぽかんとしていると、掴んでいる洸太の手首を強く捻り、同時に洸太の身体が仰向けに反転してそのまま地面に叩き落とされる。

 

 まるで柔道の試合で背負い投げを決められた選手のように手を掴まれて仰向けに倒れている洸太は、直ちに体勢を立て直さなければとあれこれ考えているうちにふと真上に広がる空に目を向けた。


 目を凝らしていると、何かがこちらに向かって恐るべき速さで落下してきているのが分かり、近づいてくるにつれてそれが杖であることが段々はっきり見えてきた。


 先程天に向かって勢いよく投げ飛ばされたキリスの杖が漸く落下し始めたのだった。地球の重力に引き寄せられるように落ちていく。特殊な木材で作られているのか、炎を帯びているのに全く燃える気配が無い。


 落下予測地点は分からないが、恐らく今二人がいるところに落ちるのは確実だった。

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