第127話 キリス

 それを聞いた男は安心したように顔が綻んで、他にも一口サイズに切った魚の切り身や野菜が差してある串を渡し、それを火に当てて焼いて食べた。


 思えば里親と過ごしていた時でもまともな食事を取ることができなかった。ネオテックに所属していた時でも「いただきます」と当たり前のように言って淡々と食べていた。自分のことでいっぱいいっぱいで余裕が持てず、いつの間にか食べ物に対する感謝を忘れていた。


 いや、忘れていたというよりは「いただきます」や「ごちそうさま」とさえ言えばそれで良いと思って怠けていたと表現した方が正確なのかもしれない。これからはどんなことがあったとしても、食事をするときはちゃんと感謝の気持ちを表明してから食事をすることにしようと心に決めたのだった。


「ごちそうさまでした。作って頂いてありがとうございました。とても美味しかったです」


「残さず全部食べてくれて良かった。作った甲斐があったものだ」


「それで、あの、僕がこの森に運ばれてきた経緯を教えて頂けますか?」と満腹になったところで洸太が質問を投げかけると、男は目つきを変えて静かに語り始める。


「あの時、私は拘束されていた君を強引に連れ出してこの森まで運んだ。あの街から遠く離れたこの山奥なら奴らに追跡される心配はないと思ったからだ。この食材や調理器具に関しては、君が寝ている間に近くの町まで降りてそこの住民の悩み事や困りごとを解決していった代わりに恵んでもらった」


「そうだったんですね。でも、確か僕の右手首にリストバンドが付けられていて、そのリストバンドには位置情報を知らせる機能があります。また、無理に外そうとすれば強力な電流を流すんです。それなのに僕は何も感じることなくずっと眠り続けていました。一体どうやって外したのですか?」


「君を連れ出してすぐにそのリストバンドを外して叩き壊したのさ。意外と容易く壊せたぞ」とまるで造作も無かったかのように話し、洸太は目を白黒させたと同時に、そんな簡単に外せたのなら自分でもめげずにやってみれば良かったと唇を噛む。とはいえ、これで陽助たちに追跡されることはまずないことに安堵した。


「そういえば名乗っていなかったな。私の名はキリスだ」


「あっ、僕は洸太です。あの、キリスさんは何者なんですか?」


「私は、この地球から遥か遠く離れた惑星エテルナリアからやってきた、エテルネル族のキリスだ」


「エテルネル族……う、宇宙人……ってことですか?」


「ああ。君たちの言葉で言うところの、地球外知的生命体だ」


「そう、なんですね……それで、キリスさんはどうして、地球に?」


「ある目的を果たすため、とでも言っておこう」と短く答える。

 

 キリスの言う「目的」とは一体何なのか尋ねようとしたが、それを敢えて聞かなかった。

一般的に、私たちのいる地球という惑星は、宇宙において絶対的に孤独な状況にあると言っても過言ではない。


 地球に最も近い惑星である「プロキシマ・ケンタウリb」という、太陽に最も近い恒星であり、赤色矮星プロキシマ・ケンタウリの、生命が居住可能な「ハビタブルゾーン」内を公転している、太陽系に最も近い既知の太陽系外惑星となっている。地球からケンタウルス座の方向に約4.2光年ほど離れており、キロメートルに直すとおよそ四十兆キロメートルになる。


 地球で最も速い有人ロケットで行っても一万年以上かかる距離である。それほどまでに宇宙は途轍もなく広大で、星同士でさえも異常なまでに離れている。


 キリスの住んでいる惑星が地球から何光年離れたところにあるのか分からないが、いずれにせよ、自身の住んでいる惑星を飛び出してまで遠路はるばるこの地球にやって来たということは、きっと並々ならぬ事情を抱えているに違いないと察した。それ以前に、こうやってお互いにさも当たり前のように日本語で会話できているということに未だ驚きを禁じ得ない。


「あの……今回僕を助けていただいた上に、食事まで作っていただいてとても感謝しています。何とお礼すれば良いのか……」


「ならば、私と手合わせ願いたい」


「手合わせ、ですか……?」


「ああ。丁度腹ごしらえも済んだことだし。君の実力を直に確かめたいと思ったのだ」


 そう聞いた洸太は数秒程悩んだ後「……分かりました」と言って引き受ける。その後食事を終えて空腹を満たした二人は、使用したお皿や調理器具を片付けてからキリスのご希望通りに手合わせをすることとなった。

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