第129話 手合わせ②

 回避しようにも体力を殆ど消費してしまって動けない。その上、隕石のような怒涛の速さで落ちてくる落下物を止められるだけの念力も残っていない。どうしようか頭をフル回転させて打開策を考えている間に杖があと数百メートルという距離まで落下してきたところでいよいよ死を覚悟して両目を瞑った。


 そして、一時身体全体が熱に包まれそうになって衝撃波が押し寄せてきたが、痛みは全くない。恐る恐る目を開けてみると、僅か数センチという至近距離で杖が直立で静止しており、その杖をキリスがガシッと掴んでいる。落下してきた杖が洸太の顔にぶつかる寸前で彼が片方の手で力強く掴んで止めたのだった。


 キリスは杖を持って「手合わせは終わりだ」と言い放つ。


「そう、ですか……」と残念そうに呟く。


「何か不服でも?」


「……自分の持てる力を上手く使いこなせなかったなって」


「そう思った理由は?」


「戦いの最中に、次の一手をどのように繰り出せばいいのかを何度も考えて迷ったりして、その度に身体に伝えるのが遅れて攻撃する機会を見失い、それで防戦一方になってしまったことです……」


「確かに、思っていたより悪くはなかった。戦いの筋があることは認めよう。飛脚、更に遊脚も上手く使いこなしているしな」


「飛脚と遊脚って……」


「飛脚は、空を飛んだり身体を浮かした状態に出来る能力。そして遊脚は空を飛んでいる状態で縦横無尽に飛び回ったり、鳥のように旋回したり小回りを利かせたりといったより高度な飛行を可能にする能力で、どちらも初心者が習得するべき基本スキルだ。


伊達に鍛練してきたわけではなかったのだろうが、一つ一つの動作に迷いが垣間見える。私が何か攻撃を仕掛ける時も確かに君は刹那的に動きを止めている時がある。自分がこの後何をするべきか分かっていない証拠だ。迷いが生じてしまうのは少なからず不安や恐怖を感じているからだ。


精神の疲れは体の疲れと直結する。不安が迷いを呼び、迷いが思考を鈍らせて正常な判断が出来なくなってそれが身体に伝わり、あらゆる動作や所作に影響してしまう。それは戦いにおいてとても致命的なことだ」


 洸太はキリスの言葉を重く受け止める。戦いとは言わば殺し合い。命の奪い合いだ。命までは取らないなどという高尚な美学を持ち合わせている者は稀で、殆どの者は殺すつもりで戦いに臨んでいる。


 無論こちらの事情など知ったことではない。そんなときにいちいち迷っていたり恐怖を感じたりすれば、たちまち敵に隙を与えてしまい、あっという間に殺されて死ぬだけだ。


「僕は、どうすれば……?」まるで物乞いのように、答えを教えてくれと言わんばかりの目つきで彼を見つめる。


「この戦いから身を引け。私から言えるのはそれだけだ」


「どういうことですか?」


「言葉の通りだ。君には荷が重すぎる。その上そんな状態で戦いに臨めばいずれ命を落とすぞ。あの時、私が君に手を差し伸べたのも、このような辛い闘いで自分の命を無駄にしてほしくないと思ったからだ」

 

 それを聞いた洸太は、横浜の埠頭にて彼の手を取ろうとした時のことを思い返す。


「それぐらい、言われなくても自分が一番よく分かっているつもりです。でも……それでも僕は、この戦いから背を向けて逃げるわけにはいかないんです」と決意の籠った声で告げる。


「何故だ。どうしてそこまでその少年に拘る?」


「僕は日向のことを拒絶してしまったことを後悔しているからです。話に耳を貸さなかった挙句、無碍にしてしまいました。それだけではありません。彼の暴走を止められる機会は何度もありました。しかし僕は真剣に向き合おうとせず、その所為で彼は復讐の鬼へと成り果ててこのような事態を招いてしまったんです。


逃げる度に立ち向かえなかった自分に対する憎しみと無念が増していく。そんな自分にはもううんざりです。それに僕は、彼の友達でもあります。友達として、彼の暴走を止められなかった責任を取りたい。


だから僕は、この先誰に何を言われようと、どんなに過酷な運命が待ち構えていたとしても、日向としっかり向き合い、そしてあいつを止めるまで戦い続けます。それが僕の使命です」と思い詰めた様子で表明する。


 雅人の揺るぎない純然たる衝動はいずれ必ず破壊と混沌を齎し、世界を滅ぼすまで収まることはないだろう。そうなる前に誰かが止めなければならない。阻止できる人間がいるとすれば、それは同程度の力を持つ自分だけだと覚悟していた。


「それが君の望みなのだな。では、そのためには何をするべきだと思う?」


「自分の心の中に巣食う不安の元を絶って、恐怖を乗り越えること」


「ならば、この後のやるべきことは決まったな」とキリスが上機嫌に告げる。

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