第125話 東の正体②

「どうしても認めないつもりだな。ならば、お前がわざわざ四台ものスマホを使って暗号化した機密情報を本部に送っていたことも作り話だとでも言うのか?」と倉本が秘書の附田に目配せし、隣に立っていた秘書の附田が鞄の中からスマホが四台入っていた透明の袋を取り出して東の前に投げ打つように置いた。


「これは……」と東は目を瞬かせて震える手で袋を手に取ったそれは正真正銘、どれも自分が連絡用として使っていたスマホだった。回収したからには当然、暗号に変換した機密情報の送信データを抽出されていると見て間違いないだろう。


「リストバンドに内蔵されてある盗聴器で盗聴されることを警戒して別の連絡手段としてそれぞれ別々の場所に隠しておいた四台のスマホで今まで入手した機密情報や私の計略を暗号化して本部に送信していたことも知っていた。


決まった時間に決まった場所で暫く滞在していることをリストバンドのGPSで追跡し、小型の監視カメラを設置してお前がスマホを操作しているところを映像に収めて、別日にうちの職員を派遣してスマホの回収を行ったのだ」


「……これらのスマホで情報を送っていたことは認める。だが、これだけでは綾川が関わっている証拠にはならない」と倉本の目を真っすぐ見て断言する。どうやらここまでだ、と心の中で開き直り、全ての責任を背負ってどんな処罰も受けてやるという姿勢を示した。


 今のところ綾川については何も言及されていない。ということは、今頃感付かれることなく廃病院を調査している筈だ。あとは綾川が倉本の悪事を白昼の元に晒してくれるだろうと希望を託すことにした。


「お前の言う通り、これだけでは証拠にならない。だから彼にも証言してもらったんだ。おい、連れて来い!」とドアに向かって叫んだ。


 すると、ドアの向こう側で待機していたネオテックの職員がドアを開けて綾川を病室の中へ連れ込んで乱暴に置いていき、綾川はそのまま床に倒れ込んだ。辛うじて意識があったようで、傷の具合からして相当痛めつけられていたように思えた。


「すみません。なかなか口を開かなかったので少々手荒なことをしてしまいました」そう謝りながら一人の男が入ってくる。ネオテックと共同でエキストリミスの研究開発を行っていたアストラル製薬の國代だった。


「わざわざ御足労頂き恐縮です」


「お安い御用ですよ。秘密を守ることが出来て何よりです。では、まだ仕事が残っていますのでこれで失礼します」と言い残して病室を後にした。


「綾川に何をしたんだ!」


「例の廃病院に入ってくるところを見て後を付けて行って油断したところを捕まえて尋問した。リストバンドの細工を頼んだこと、裏帳簿や過去の研究データの保管場所、それに関わる研究者たちの名簿を探し回っていること、真実を知るために廃病院を調査しようとしたこと。何もかも自白してくれたよ。言質も取ってある」余裕な面持ちで経緯を説明した。


「そんな、綾川が自白を……じゃあ、最初から俺たちのことを……?」東が声を震わせる。声だけでなく顔にも絶望感が表れていた。


「何も知らなかったとでも思ったか? 二人で一緒に諜報活動を行ったつもりだろうが、お前達の行動も暗号も筒抜けだった。決定的な証拠を掴むためにわざとお前たちを泳がせていたに過ぎない」そう聞いた東は目を見開いて愕然とする。倉本から次々と語られる事実に終始信じられない様子だった。


「どうだ。これでもまだ『作り話』だと言い訳するのか。この裏切り者めがぁ!」倉本が鬼のような形相で東を畳みかける。


「この建物中の全ての監視カメラの位置を把握し、支給されたリストバンドに仕込まれている盗聴器とGPS、感知機能もオフにしてもらった筈なのに……」


「お前は綾川に頼んでこれらの機能が起動しないよう細工を施されていると思い込んでいたが、これらの機能は遠隔操作でオンとオフの切り替えを可能にしているのだ。そしてここぞというタイミングで起動して行動を把握し、今こうして電流を流して体の自由を封じることが出来た。こいつでさえこのカラクリには気付いていなかったよ」と足元で横たわっていた綾川を足の爪先で軽く突いた。


「だから、電流が流れて……」


「そうだ。そして今、『細工した』と口にしたな。この施設を自由に調査するためには信頼を寄せられる協力者が要る。だからお前は、リストバンドの開発者である研究開発部主任の綾川に目を付け、細工するように頼んだ。


そして互いに利害が一致することを知り、共謀して私を陥れる計画を企てた。違うか?」倉本は詰め寄ったが、東は目を逸らし俯いていて何も答えようとしない。ただただ状況を整理するのに精一杯で何も考えられなかった。

 

 自分の人生の中でこれほどまでに、慢心と先入観を呪ったことは無かった。どうしてそんな些細なことに気を配れなかったのだろうか。どうして察知できなかったのか。心の中で綾川に頼り過ぎた部分があった。


 自分でも何かしらの違和感を覚えたのなら早めに取り除いておくべきだった。このちょっとした油断が敵に思わぬ隙を与え、自分の置かれている状況を悪化させる結果になってしまった。


「何黙ってんだよ……嘘だと言ってくれよ、なあ!」と陽助が駆け寄って東の肩を揺らして訴えてくる。


「何か申し開きはあるか!」倉本が止めを刺すように怒気を込めて叫んだ。

 

 その直後、東はこの絶体絶命のピンチを脱しようと陽助を振り払って素早い動きでベッドから降りて倉本に殴りかかろうとしたが、倉本が咄嗟にリモコンを押して電流を流し、それによる麻痺で身体の自由を奪われてそのまま倒れ込む。


 駄目押しの抵抗も虚しく一気に窮地に陥ってしまう。東と綾川の二人は病室の外で待機していた職員に瞬く間に拘束され、ともに地下三階の収容フロアへ連行されることとなった。陽助は顔を顰めて東たちが連れて行かれる様子をただ立ち尽くして見ていることしかできなかった。


≪な、永守……≫


 東がふと心の中で神に祈るように呟く。素性も曝され、綾川も捕まった。これで二人揃って独房に収監される。スパイ活動が失敗に終わった挙句敵を増やしてしまった。どう考えても挽回できない。最早頼みの綱は洸太しかいなかった。

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