第124話 東の正体①

 謎の白服の男が洸太とともに行方を晦ました直後、陽助は間を置かず社長執務室に直行し、倉本に先ほど起きた出来事を伝える。


「脱走しただと?」驚きのあまり椅子から立ち上がった。


「はい。こちらの不手際と連携不足により、光山の身柄は謎の男に連れて行かれました。申し訳ありません」


「その男と光山との関係は」


「現在調べています。鋭意に捜索するとともに、光山を攫った男の素性の解明に尽力します」


「分かった、何としてでも探し出すんだ。いいな」


「分かりました。それから、東がやっと目を覚ましたとの報告を受けまして」


「ああ、聞いたよ。丁度これから彼のいる病室に行って話を聞くつもりだ。一緒に行くぞ」


「はい……」気落ちした様子で応える。


「どうした?」


「いえ、未だに東のことが信じられなくて……例の男も来てるんですよね?」


「ああ。先ほど捕えたという連絡を受けてな。そろそろ着く頃だろう。この半年の間、ライバルとして、仲間として、互いに高め合った者同士だったのに私も残念だと思っているよ」と陽助に同情した。


「だが、これはもう仕方のないことだ。彼は今まで、我々全員を騙してきたんだ。これは日本支部だけでなく、ネオテック全体の問題だ。そんな彼に制裁を加えて徹底的に排除しなければ、ネオテックに未来は無い」と告げて部屋を出る。その言葉を聞いた陽助も腹を括って倉本に付いて行った。


 東が目を覚ましたという報せを受けて、倉本と秘書の附田、そして陽助も病室を訪れた。前回の戦闘で受けた傷は殆ど治っていて意識もはっきりしていた。あと二、三日経てば全ての傷が完治するだろう。


「光山が脱走したんですか?」初めて報告を受けた倉本と同じように驚いて聞く。


「ああ。一階のロビーにて急に謎の男が現れて光山を攫って逃げてったよ」


「そんなに強かったのか?」


「とにかく動きが速かった。俺たちは成す術も無かった」


「日向の仲間か?」


「これから調べるところだ。必ず光山を連れ戻すさ」


「俺がその時一緒にいればもしかしたら事態を防げたかもしれないのに……力不足で済まない」と申し訳なさそうに謝罪する。


「奇襲に遭ったといえども光山を逃がした責任は大きい。そのため光山の件は陽助に一任することにしたんだ。だから君が気に病む必要はない。それより聞きたいのは、君に命じた久我と積み荷の警護任務の件だ。


襲撃現場は見渡しの良い開けた場所だったため付近に監視カメラは無く、全容の把握が困難な状態だ。だから君の口から一部始終を話してもらえないか。どんな方法で日向雅人が襲撃してきたのか」


「はい」それから東は、見舞いに来てくれた三人に襲撃を受けた当時の状況を仔細に語り始め、装置もデータも略奪されたと告白した。


「日向雅人が襲撃してきたとき、私は何も出来ませんでした。こちらの動きが全て読まれているようでした」


「全く対処できなかったということか」


「はい……」


「君ともあろう者がたかが一人の襲撃者に敗北を喫するとは。猿も木から落ちるとはまさにこういうことを言うのかな」と毒づいた。


「本当に不徳の致すところです……ですが、次は必ずこの雪辱を果たして奴を制圧するために、これまで以上にトレーニングに励んでいくつもりです。今日お見舞いに来てくれたのも、もうすぐ始まる作戦の要綱を説明するためですよね。


今度は陽助と二人で万全な体制と完璧な連携をとって作戦に臨むので敗北はあり得ません」と目を輝かせ、自信に満ちた口調で誓いを立てるように告げる。


「素晴らしい意気込みだ、感動したよ。だがもう心配することは無い。その件も陽助に一任することが決まったんだ」


「一任って……自分は必要ないということですか?」

東の問いに倉本は首を縦に振る。


「そんな……それじゃあ自分は何をすれば」


 すると、右手首に付けていたリストバンドが勝手に起動し、電流が東の体内に流れる。東はベッドの上で電流に悶絶して痙攣し始めた。倉本が洸太の時に使用したリモコンでリストバンドを遠隔操作で起動させる。


「うぐっ……どうして、こんな、ぐっ……何が起きてるんだ!」


「東漣。ネオテック日本支部に潜入してスパイ活動を行ってきた容疑で、お前を地下三階の収容フロアの独房にて勾留されることが決定した」


「スパイ……? 何の話だ!」


「しらばっくれても無駄だ。お前の経歴は隅々まで調べさせてもらった。東漣。年齢は二十八歳。アメリカ生まれで日本とのハーフ。所属はネオテックアメリカ本部で、半年前に日本支部に潜入調査のために本部のスパイとして送られてきたことや、研究開発部主任の綾川善弘と協力して行った諜報活動で知り得た機密情報を逐一本部に送信していたこと」


 と、反射的に取り繕うとした東を制止してプロフィールを淡々と並べ立てていき、東の素性を丸裸にしていった。東は何も言えずただただ黙って聞いていた。脈拍も速くなり、額から脂汗が流れ出て頬を伝う。


「そしてお前の本名は……いや、今は言わないでおこう。楽しみは後で取っておかなくては」倉本はそう言って見下すような笑みを浮かべ、東に関する重要な情報を、来るその時まで敢えて隠し通すことにした。


「おいおい、東ぁ……どうなってんだよ。やっぱり本部がお前をスパイとして送り込んで来たっていうのかよ……信じられねえぜ。ずっと俺たちを騙してたのか!」陽助が泣きじゃくる子供のように目に涙を浮かべながら意見を求める。


「ち、違う。これは何かの間違いだ……今の話だって、出来過ぎた作り話に決まってる!」と右手首を押さえながら必死に弁明する。

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