第120話 拘束

 とにかく速さが勝負だ。リストバンドのセンサーが反応して電流が流れるよりも更に速い速度で、ここにいるメンバーを念力で薙ぎ払い、その隙に脱出を図る。なんだったらこの機会に、最大限の力を以てこのリストバンドを破壊する。


 そして彼らがまごついている間に雅人のアジトを探して乗り込み、殺害以外の方法で雅人を倒し、盗まれた物を取り返して事態の決着をつける。


 平和的且つ早期解決に導くにはこの方法しかない。思いついた作戦を早速実行に移そうと、目を瞑って意識を集中させる。この短期間における戦闘訓練と実戦で念力の発動はお手の物となった。少し集中力を高めただけで、楕円形のテーブルやデスクチェアー、更にドアまでもがカタカタと音を立てて振動し始める。


 プロジェクターが壁に映し出した映像も揺らぎ出す。この会議室という限定された範囲内であれば、力んだだけでも暴風並みの威力の念力を打ち出すことが出来るだろう。

 

 いよいよ力を解放して念力を炸裂させようとしたその時、右手首に装着していたリストバンドが作動して、たちどころに電気が体内に流れた。体内に吸収された電流が全身を駆け巡り、神経や筋細胞に急速に作用して刺激し始めた。麻痺で身体が痙攣し始め、悶絶して膝を崩して地面に倒れこんだ。


「今君の頭に一つの疑問が浮かんだ筈だ。どうしてまだ事を起こしていないのに、リストバンドが作動して電流が流れたのか、と」倉本が得意気に話し始めた。麻痺による痛みで全身の感覚が無く、話を聞く気になれない。目だけ辛うじて動かせることが出来た。視線を上げれば、附田と陽助が無表情でこちらを見下ろしている。


「答えを言おう。私が持っているこのリモコンを遠隔操作して、リストバンドが作動するようにしておいたのさ。思いの外高性能に出来ているだろう?」嘲笑いながら続けた。

 

 右手首に装着しているリストバンドに視線を移す。倉本の言っていることが信じられなかった。こんな小さな機械に、そんな隠された機能が搭載されていたなんて。このリストバンドを装着された当初から、洸太の敗北は決定していたということだった。


 かつて、里親がスマホのGPSアプリで、行動を四六時中監視されていたときの苦い記憶が蘇る。結局、自分は誰かの支配からも逃れることは出来ないのかと絶望した。


 ドアをノックする音が聞こえた。倉本が入るように促すと、二人のネオテックの職員の男達が会議室の中に入って来た。


「拘束しろ」と倉本が指示して職員の男達は言われた通り洸太を拘束し、引きずって会議室から連れ出し、陽助も彼らについて行く。エレベーターに乗って陽助がB3と書いてあるボタンを押す。洸太はリストバンドから出る、電流による全身麻痺で終始項垂れていた。体に力が全く入らない。


「命令に背いた上に俺たちを念力で吹き飛ばそうだなんて、全く罪作りな奴だぜ。まあ、これでお前も地下三階の収容フロア行き。どうせなら城崎の隣の独房にぶち込んでやるよ。そして俺は、父さんに最も信頼されるネオトルーパーとして活躍していくことになる。願ったり叶ったりな状況だ」


「せめて……殺すのは……やめて、くれ……」拘束されて尚、洸太が何とか声を絞り出して雅人の殺害を止めるよう訴える。


「作戦から外れたお前に口を出す権利は無い。身の程を知れ。これはお前の瑕疵だ、光山。お前が犯した過失なんだ。悪く思うな」と陽助が洸太の意見をあっさり撥ねつける。


「あの時、お前が俺に檄を飛ばして、奮い立たせてくれたことで自信が付いて、こうして父さんに臆さず進言するようになった。あの時のことが無ければ、今でも俺は路頭に迷っていただろうよ。


今の俺があるのはお前のお蔭だ。だからお前は何も心配しなくていい。お前に代わって俺が日向を討伐してやる。それと、さっきの会議では触れられなかったが、市宮茜にもそれ相応の罰を受けてもらう」


「何、だって……?」


「あの事件での戦犯は実質、お前と城崎と市宮の三人だからな。そしてあの時、日向の母親を殺した犯人であることを、市宮茜は自ら自白した。もう言い逃れは出来ない。身柄を確保した後、そうだな、城崎と同じ独房にでも入れてやろうかな」


「くっ……」

 

 雅人は勿論のこと、茜にも処罰を下すつもりだ。確かに陽助の言うように、茜は取り返しのつかないことをしてしまった。あの時、あの場所で、自分のことを日向の母親を殺した犯人であることを打ち明けた。仮に嘘だったとしても、今更それを取り消すことは出来ない。

 

 警察に捕まればまだ情状酌量の余地はあるかもしれない。しかし、倉本たちに捕まれば話は別だ。場合によっては、口封じのために消されてしまうだろう。自業自得とはいえ、茜にとって悲惨な末路だ。


 今にして思えば、茜が川に落ちて逃げて良かったとさえ思えてくる。しかし、リストバンドを付けている以上、どこにいてもすぐに位置情報を特定されて捕縛される。そして今の自分には茜の現在地を知る術は無い。今はただ、どうか無事でいてほしいと願う他ない。


「そしてお前は、独房で日向が俺に殺される光景をただ想像していればいいさ」とほくそ笑む陽助に対し、洸太はもう何を言っても意味が無いと観念したように、力なくだらんとする。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る