第119話 殺害命令

「弱体化すれば捕獲は容易になりますが、もしそれでも抵抗してきた場合はどうすればいいですか?」


「その時は遠慮せず殺しても構わない。いや、いっそのこと殺してしまいなさい」


「承知致しました」


「待ってください。さすがに殺すのは度が過ぎているのではありませんか?」洸太が椅子から立ち上がって異議を申し立てる。


「奴はもう、君たちを遥かに凌駕する強さを持ってしまっている。その上恐ろしいペースで進化を遂げているんだ。最早殺害以外の手立ては考えられない」


「それでも、殺すのは間違っています。日向が東に奇襲をかけた犯人なのか、そして彼が盗んでいったものが何なのかはまだ判明していませんし」洸太は引き下がらず異を唱える。


「どうしてそこまで強く言い切れるんだ」


「橋の上で陽助がそれについて問い質した時、嘘を吐いたようには見えなかったので……」


「嘗ての友の言うことを真に受けるというのか」


「いえ、そういうわけでは……」


「とにかく、リストバンドを付けられて苦しむとなればそこが隠れ家となる。その隙に彼を排除して盗んでいった物を回収する。なお、この作戦では陽助だけで対処してもらうこととする」


「それってどういうことですか?」困惑した様子で訊いた。


「聞いての通りだ。君にはこの作戦から外れて謹慎処分を科す。後のことは我々に任せておけばいい。当分の間、部屋で大人しくして、自分の犯した失態の重大さを反省するんだな」


「処分って……承服できません。日向を止めるのは僕の役目でもあります」と真剣な口調で主張する。


「役目だと? 自惚れも甚だしい。君が橋の上で、良かれと思って起こした行動がどれほど深刻か少しでも自覚しているのか?」


「あれは、その……」そう槍玉にあげられた洸太は、返答に窮して唇を噛む。


 弁明の余地など全く無い。振り返ってみれば、あの時自分が取った行動が事態を悪化させて、被害を拡大させる結果となってしまったことに対する自覚は当然ある。だが、あの時何もせずただ呆然と立ち尽くして何も動かなかったら、日向を救うことが不可能になってしまうのではないかと思ったからだ。


「いいかい。話し合いで相手を自主的に悪事を止めさせようとするという考えは、信念や心に強い想いを秘めている者には通用しないものだよ。ましてや、復讐心や激しい殺意に囚われているなら尚更な。つまり、復讐に燃える彼を説得しても意味が無いということだ。分かったならさっさと部屋に戻りなさい。これ以上は時間の無駄だ」


「それでも僕は、日向を修羅の道から助け出せると信じています。だから、僕もこの作戦に同行させてください!」洸太が声を荒げて懇願する。


「いい加減にしろ、光山。見苦しいぞ」陽助が見兼ねて苦言を呈する。


「君も何か言ってくれよ。父親だろ?」


「何で俺がお前のフォローをしなきゃいけねえんだよ。父さんの言う通りだ。お前があの時あんなヘマをしなければ、今頃あいつを捕獲する任務を達成できたのによ」


「同じ轍はもう踏まないさ」と抵抗する姿勢を崩さなかった。


「まだ分からないのか。お前は公の場で自分の素顔を世間に晒してしまったんだ。これは立派な規定違反だぜ。そんなお前に、これ以上戦線に出すわけにはいかないだろ。半端者のくせに思い上がるんじゃねえ」


「仕方なかったんだ。売り言葉に買い言葉っていうか……ああでもしなければ響くものも響かないだろうと思ってやっただけだ。僕だって何も考えていなかったわけじゃない!」


「ふざけんな。何のためにお前を引き入れてやったと思ってるんだ。社長の命令に従う兵士として類稀な能力を存分に活かして、犯罪やテロと戦って社会に貢献することだろ。俺たちは傭兵だ。『撃て』と言われたら撃つんだよ。そんなことも分からないようじゃ、ネオトルーパーズ失格だぜ」陽助はいつの間にか立ち上がって、洸太と向かい合って口論していた。


「処分なら何でも受けるつもりさ。でも僕は、君みたいに自分の心を殺してヒーローになるつもりはない。やれることを全部やってあいつを救うんだ。だから行かせてくれ!」


「くどいぞ。そんなんだからいつまで経ってもお前は舐められるんだよ!」


「くっ……」こちらを食らいそうな勢いで迫る陽助に遂に屈してしまい、洸太はただ睨み返しただけだった。突如始まった二人の丁々発止に、倉本と附田は呆れて立ち尽くしている。


「あれだけの失態を犯したんだ。それ相応の処分を甘んじて受けるのが筋ってもんだろ。これでもお前に対して最大限の配慮をしてるんだ。だから大人しく従ってくれ。でなければ、もっと重い処罰を受けることになるぜ」


「……どうしても日向を殺さなきゃいけないのか」と社長の倉本に視線を向けた。倉本は眉間に皺を寄せて洸太を睨んでいる。


「当然だろ。父さんの命令は覆せない。従うしかないんだ」発した言葉に揺らぎようのない強い意志と、社長の倉本に対する絶対的な忠誠心が伝わってきた。


 洸太に自分の部屋に戻るように促そうと肩に手を伸ばしたが、洸太はその手を咄嗟に撥ね退けて後退りする。


「陽助……君ってやつは。とにかくあいつは、日向は殺させない!」もう何を言っても聞き入れてもらえず、四面楚歌に追い込まれた洸太は、奥の手を使ってこの場を乗り切ることにした。

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