第118話 雅人の危険性

 エレベーターを降りた二人はいつもの会議室へ。過去二回も使ったことがあるので迷わなかった。扉の前に着いて陽助がドアをノックし、「失礼します」と言って順番に入っていった。


 社長の倉本の他、秘書の附田も同席しており、研究開発部主任の綾川の姿は無かった。テーブルの先端辺りに置いてある、手のひらサイズのプロジェクターが壁に映像を映し出している。


「病み上がりなのに来てもらって悪いね」


「とんでもございません。こっちがすぐに報告するべきでした」陽助が深々と頭を下げる。「まあ座りなさい」と椅子に座るように促されて二人は座った。


「城崎のところへ行っていたんだろう。彼の様子は?」


「相変わらず飄々としていました。あそこまで心根が腐っているとは思いませんでした。社長は本当に、あんな救いようのない奴を人体実験にかけないつもりですか?」と陽助が食い気味に尋ねる。


「彼には容疑がかかっている。迂闊には手が出せん。寧ろこのまま大人しく引き渡した方が、我々に対する世間からの評価も上がるだろう。警察での精神鑑定を経てそれでも手に負えないようなら、またその時に改めて考えようと思っている」


「そうですか。それで、その城崎の面倒を見る係として、俺と光山に白羽の矢が立って、今回の会議に呼ばれたわけですか」


「そうじゃない。その担当は別の人間に任せる。今日二人に来てもらったのは他でもない。日向雅人の対処法について、二人の報告も交えて検討したいと思っていたからだ」


「でしたら東にも参加していただいた方が良いのではないでしょうか。彼もチームの一人です」


「彼には後ほど説明する。その前に結論を出したい」


「何故そこまで急ぐ必要が?」


「今回の件で彼が益々危険な存在であることが証明された。これ以上野放しには出来ない。いずれこの研究所も突き止めて襲って来るだろう。そうなる前にこちらから手を打たなければならなくなったのだ。君たちも身を以て知った筈だ」


「はい。身体能力、戦闘力そして念力ともに、前回戦ったときとは比にならない程パワーアップしていて、その桁違いの強さに我々は圧倒されてしまいました。こちらの動きや繰り出す攻撃も全て躱され、吹き矢も強力な念力の壁で弾かれ、我々はどうすることも出来ず防戦一方で……」


 拳を握って俯きながら当時の状況を説明していく。雅人と実際に戦ってスタミナ、身体能力そしてパワーともに、洸太と陽助の実力を凌駕していたことを痛感し、顔に無念さを滲ませる。


「気に病む必要はない。奴の方が君たちより遥かに強かったということだ。研究開発部が作ってくれた特製のスーツが無ければ、深手を負っていただろう。後で綾川君にもお礼を言っておかないとな」


「そのことで思い出したのですが、一昨日から綾川さんの姿をどこにも見かけませんでした。何かありましたか?」と、洸太がここぞというタイミングで綾川のことを聞いた。


「彼はまだ有休を取っていると聞いているが、どうかしたのか?」


「いえ、直接お礼を言いたいと思っていたので」案の定、何も得られそうにないのですぐに引き下がる。


「そのうちまた出勤してくるだろう。それにしても、日向雅人が飛躍的な成長を遂げていたとは。光山君も何か気付いたことがあれば言ってくれ」


「確かに陽助の言っていた通り、僕らも過酷なトレーニングを経て今回の任務に当たりましたが、残念ながら訓練の成果を証明できませんでした。倉庫で戦った時とは比にならないほどの戦闘力を発揮しており、これまでの努力を水の泡に還すような、不気味な強さを見せつけられました。恐るべき成長力です。更に不可解だったのが、ヘルメットを装着して顔を隠していたにも関わらず、正体を見破られていたということです」


「どこかから漏れた情報で、君たち二人が出動することを予め知っていたのではないのか?」


「いえ、日向は『オーラでバレバレ』と言っていました」


「オーラとはつまり、全ての人間が持つ、いわゆる目には見えない霊的なエネルギーのことか?」


「はい。日向には何故かそれが見えるようで、それで僕だと認識していたようです。僕ら二人掛かりで挑んでもペースを乱さず容易く対処できたのも、そのオーラで僕らの一つ一つの動きを先読みして、瞬時に対応していたからだと考えられます」


「単なるパワーアップに留まらず、スピリチュアルな特殊能力まで身に付けていたとはな。もしや彼はネパールにでも行って超能力の修行をしていたとでもいうのか。


ということは、城崎をここに保護していることが分かるのも時間の問題か。そんな彼に対抗できる戦法など……」倉本が椅子の背もたれに凭れて言う。お手上げの様子だった。


「いっそのこと、城崎を餌に誘き出すというのはどうでしょうか」と黙々とパソコンを操作していた附田が、唐突に口を開いて提案した。


「駄目だ。奴はもう我々の想像を超える力を手にしてしまっている。どこからどのように攻撃してくるか分からない以上、城崎を囮に使うにはリスクが高すぎる」


「じゃあ、弱っているところを突いて一気に攻め落とすというのはどうですか?」陽助が手を上げて提言する。


「どういうことだ。吹き矢も弾かれただろう」


「確かに吹き矢は見えないバリアーに弾かれてしまいました。ですが、日向との接近戦で、隙を見てあいつの手首にリストバンドを装着させたんです。特別に刺激性の高い電流が流れる仕組みになっておりますので、いくら屈強でも全身麻痺には耐えられないでしょう。そのうちにこっちから攻撃していけば奴を倒せる筈です」と、陽助が目を輝かせて話した。


「その付けていたリストバンドの位置情報は追跡できるのか?」


「はい。研究開発部に依頼してあるのでもうすぐ判明するでしょう」


「そうと決まれば早速作戦の準備に取り掛かろう。上手くいけば奴の隠れ家も探り当てられるかもしれない」と、先ほどまでの観念した様子とはとは打って変わって、すっかり精気を取り戻していた。

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