第116話 三つの質問
「何だよ、聞きたいことって」城崎が上体を起こして壁にもたれかかった。
「今後のトレーニングの参考に出来ないかなと思って興味本位で聞くだけだ。三つある。まず一つ目は、日向の母親の殺害を誰に指示したのか。選定したメンバーは茜以外に誰がいたのか。だ」
「フッ、そのことか。忘れたよ。多分適当に選んだんだと思う」
「計画を思いついたのも?」
「計画って何? 俺はただ、日向の母親を殺せとしか言ってない。どうやって殺害したのかもあいつらに任せたのさ」
「面子は適当に選んだって言ってたけど、茜を選んだのも適当だって言うのか?」
「茜の場合は、もし何かで捕まったりした時に捜査を混乱させることができると思い込んだから。でも血迷ったのか、あいつがどこからともなく現れた途端、自分で殺したと急に口走った。余計なマネしやがって」と怒気を込めて、茜に対する文句を垂れる。
「じゃあ、茜が日向の母親を殺害したわけではないということだね」
「それはどうだろうなあ。いやあり得るか。あの土壇場であんなとんでもないことを言ってしまうし。あいつの言った通り、本当に自分で日向の母親を殺してしまったんだろ。まあ真相はどうであれ、あいつに人を殺す度胸は無いと思いたいけどね」
城崎の言うように、あの茜ならいざとなったらやりかねないと思えてしまう。出来れば、茜のあの発言は咄嗟に吐いた嘘であると願うばかりだった。
「全く、役立たずにも程があるぜ」と、茜の行動に対して愚痴を零す。それを聞いた洸太は、無性に殴りたくなる衝動を抑えて次の質問に移る。
「……じゃあ二つ目は、君が帰国する日時とフライトの情報を誰かに伝えたのか?」
「ああ、楠本には伝えたけど。それがどうした?」
「あの橋で渋滞に遭って身動きが取れなくなった時、満を持して日向が現れて襲撃してきたんだ。僕たちが橋を通るのを見越して、わざと騒ぎを起こして橋を事実上封鎖して僕らを閉じ込めた。何もかもタイミングが良すぎる。誰かが情報を流したとしか考えられない」
「で、俺を疑ってるってわけか。まあ、そりゃそうだろうな。あいつの母親を殺せと命じたんだし。あいつに俺を殺してほしいという気持ちもあったしなあ。けどそれは俺じゃあない。言うとすれば楠本しかいないだろうな」
「どうしてそう言えるの?」
「出発の前日に聞かれたからさ。あいつがそんなこと聞いてくるなんて変だなと一瞬思ったけど、そこまで気に留めはしなかったよ。でももしあいつが言ったのならば腑に落ちる。ただそれだけだ。どうせ捕まって脅されて利用されてるんだろ」
「恐らくそうだろうね。でも必ず助け出すさ」
「あいつああ見えて臆病で馬鹿だからな」
「その言い草、心配じゃないのか。友達なんだろ?」
「あいつが友達? 笑える冗談だな。楠本と平沼は友達じゃねえよ。あいつらは単に都合の良い使い捨ての駒として接していた。ただそれだけのことさ」
「もしかして茜も?」
「まあ、そうだな」
「茜は君の事を助け出そうとしてこの作戦に参加したんだぞ! 僕らは止めようとしたけど、茜がどうしてもと言って飛び出していった。それであの時、日向の前であんな嘘まで吐いて――」
「その作戦に参加させるお前らもお前らだけど、あいつも本当馬鹿だよな。あの場でしゃしゃり出なければなんとか切り抜けられたのに。日向を挑発なんかするから、橋から落ちるんだよ」
「そんな言い方……茜は君の彼女だろ。情は無いのか?」
「一緒にするな。そんなものあるわけ無いだろ。あいつら勝手に俺について来るから奴に殺されたり、捕虜として捕まったりするんだよ。
茜も楠本も藪蛇だ。あんな奴との戦いなんざ諦めて、自分のことだけ考えて我先に逃げていれば、こんなことにならずに済んだのにさ」と感情的に、不平不満を漏らした。
あまりの傲慢さに洸太はもう我慢の限界まで来ていた。目の前にいる人が楠本樹だったなら話がスムーズに運ぶのに、とさえ思ってしまう。
「で、三つ目の質問は?」
「ああ……その、橋の上で会ったあのとき、メットを被って顔が全く見えなかったのに僕のことを視認できた。どうして僕だと分かったの?」
「さあな。勘というか直感的にそう思っただけだ。確信なんて無かった。何の根拠もなくただ何となくそう感じただけ」
「じゃあ、僕の体の中から何かが放出されているのが見えたわけではなく、ただ雰囲気を感じ取ったってこと?」
「そういうことになるのかな。言われてみれば、自分でもどうしてお前だったと分かったのかよく分かんねえよ。ただ、半信半疑で問いかけたら、お前が分かり易く動揺したからそこで確信に変わったんだ。お前からは特に何も見えなかったよ」
「そうか。分かった」とまだ腑に落ちない様子だったが、どうやらこれ以上は重要な情報は出てこないと読んだ。
「気が済んだならとっとと消えてくれよ。一人になりたいんだ」
最後まで自己中心的な態度を貫く彼に、洸太は呆れてものが言えなくなり、踵を返して歩き出したその時、城崎が「光山!」と名残惜しそうに呼ばれて立ち止まる。
「どんなにお前が圧倒的で超人的な力を手に入れて、俺のことを見下して心の中で嘲笑ったとしても、俺がこんな受刑者みたいな生活を強いられようとも、お前が俺より優位に立ったなんて一ミリも思ってないからな。それと、もし俺がこのまま少年院に送られて更生したところで、世間の怒りが収まる訳がない。
無論、俺はそんなことで許されるなんて少しも思っちゃいない。そんなんで許されるなら誰だって苦労しないさ。だったら俺は墜ちるところまで墜ちてやる。そしてこの先も俺のやりたいようにやる。よく覚えとけ!」と吐き捨てるように叫んだ。
「どこまでも可哀想な奴だね。せせこまいのは独房ではなく君の方だよ」振り返らず、冷淡な口調でそう言い残して洸太はその場を後にした。
最早、死ぬような目に遭わなければ、彼の人間性が変わることは無いのかもしれないと見限った。
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