第113話 地下三階・収容フロア

 事件から二日が経ち、すっかり怪我が治った陽助は、洸太のいる病室を訪れて容体を確認した。


「体の具合はどうだ?」


「何とか快方に向かってるよ。医者が言うには施設内を歩く分には問題ないって。それより茜は?」


「まだ追跡中だ。あの後行方が掴めなくなってな。リストバンドのGPSに異常があったらしいんだが」

 

 先日の橋の上での戦いで雅人の念力が暴走し、茜が煽られて海に落ちそうになった。間一髪のところで念力を使って徐々に降ろしていったことで、茜は海に叩き付けられること無く着水して助かった。そのときの衝撃で故障してしまったのかもしれないと洸太は思い、自責の念に駆られる。


「心配なのか?」


「うん」


「市宮さんはああ見えて強い。何せ、日向の前に毅然とした態度で立ち向かったんだからなあ。あの頭の回転の良さと根性があればきっとうまく立ち回れる筈だ」


「そうだね……」


「それと、これから地下三階の収容フロアにいる城崎にこれから会いに行くが、お前も来るか?」一緒に行っても行かなくてもどっちでも良いよとも取れるような聞き方に、洸太は何とも言えずゆっくり首を縦に振る。


「分かった。じゃあ付いて来い」と言って病室を出た。洸太もベッドからから降りて陽助の後を追う。

 

 エレベーターで地下三階まで降りていった洸太は、ドアの向こう側に広がる景色に圧倒された。中は薄暗く、閑散としていて体の芯まで冷やすように冷たい。まるで刑務所のような、居心地の悪い閉塞感のある重苦しい雰囲気が漂っている。


 そのフロアには六畳一間の独房が奥までずらりと並んでいた。それぞれの独房にトイレと洗面台とベッドが置いてあり、中の様子が一目で分かるように、ドアを含めて透明で銃弾を通さない強化プラスチックの板で出来ていた。


 ドアを開ける際は、カードキーを差し込んだ状態で四桁のパスワードを入力すれば開く仕組みになっている。そしてそのどれもが空っぽで使用されている様子はない。寒気がして思わず身震いする。洸太はまるでお化け屋敷を探検するかのように視線を色んな方向へ向けながら進んでいった。


「ここが収容フロア……」


「そうだ。病院では手に負えない重度の精神病患者や人格障害者、更には実験に失敗した被検者を収監するために作られたのさ」


「社長の狙いは、社会に適合に出来ないほど精神が元から歪んでいて、除け者にされた人たちに人格矯正及び人体実験を行い、僕らのような従順な兵士に作り変えること……」


「それが俺達ネオトルーパーズであると同時に、そういった者達に全く新しい第二の人生を与える救済措置でもある」


「もし実験に失敗したら……?」洸太が恐る恐る聞いた。


「死ぬまでここに収監されるだろうな」それを聞いた洸太は、立ち止まってフロアを見渡し、これらの独房が全部患者や被験者に埋め尽くされる光景が目に浮かんだ。


 実験に合格した者は独房から出ることを許され、そうでない者はここで一生を終える。臨終を迎えたら遺体は運び出されて、空いた独房に新たな患者が入る。それはまるで、第二次世界大戦時にナチスドイツが国を挙げて推進した、ユダヤ人のホロコーストのために建てられたアウシュヴィッツ強制収容所に似ていた。


 収容されている人たちの精神状態が、日常生活に支障を来すほど重症だからといって、彼らも自分たちと同じ人間であり、不当な扱いを受ける権利は全く無い。洸太は心に怒りを静かに灯す。


「……じゃあ、城崎も?」


「いや。父さん曰く、この件が片付いたら、日向の母親の殺害を指示した容疑で警察に身柄を引き渡すために、ここに一時的に収容されているだけだ。それに、あいつに記入してもらった問診票によれば、血液型はA型だから、例え事の成り行きで人体実験にかけられたとしても、苦痛の伴う血液の入れ替え作業が何年も続くだろう。


俺はあいつに、その激痛に耐えられるだけの精神力があるとは思えないな。あれはすぐ死ぬよ」と通路を歩きながら陽助は論じる。


 それを聞いて何故かホッとする自分がいたことにも驚いた。別に心配していたわけではないが、死ぬよりかは生きていた方が絶対に良い。城崎には、自分の一生をかけて、今まで犯してきた罪と向き合って償ってほしいと密かに願っていた。


「この奥の独房に城崎がいる」

 

 通路を歩き切った先に城崎が収容されていた独房が見えた。ベッドで寝ていた城崎が、二人の近づいてくる足音に反応して起きる。

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