第109話 残酷な真実

「えっ」


「そんな…… 茜が……? 嘘だろ……」と洸太が信じられない様子で呟く。


「じゃあこの前の会議の時の殺してないって発言は嘘だったっていうのか。どういうつもりだあの女。馬鹿なのか本当に!」と陽助が腹を立てた様子で愚痴を零す。


 洸太も同感だった。確かに事件の直後で精神状態が不安定だったため、ネオテックに連れて尋問を受けたとしても真相を話さなかったのは理解できなくもない。だがもし、城崎への愛を貫くために素直に指示に従って犯行を行っていたのだとしたら、その愛は相当歪んでいるということになる。


「本当に、殺したのか……?」と雅人が口を震わせながら訊いた。


「そうだよ。真に言われて証拠の写真だって送ったんだし」と茜が真に言って写真を見せるように促した。


「あっ、ああ……」と城崎は茜の言う通りに渋々動いて間を置かずポケットに忍ばせていたスマートフォンを取り出して雅人の足元へ投げつける。


 画面に表示されていたのは雅人の母親が写った写真で、魂が抜けたようにぐったりしており、顔から血の気が引いてしまっているような様子だった。


「これは……」


「殺したら写真を撮れって言われたの。あなたに見せるために。そうでしょ、真」


「お前……自分で何を口走ってるのか分かって言ってるのか!」と城崎が必死に叫んだ。


「ちゃんと分かってるよ。だってあたしに指示したんでしょ? 殺せって」


「馬鹿! お前にそんな指示するわけ無いだろ!」


「状況が急転してあたしが殺すことになったの。だから、殺すならあたしを殺して」と堂々且つ声高らかに主張して横に居る城崎に目配せする。


「待て、違っ……ああ、そうさ。負けてやるついでに良いこと教えてやるよ。茜の言う通り、この前平沼が病院送りにしたお前の母親は三日前の夜、茜に殺されて死んだんだ。俺が首謀者で彼女が実行犯だ。


お前の母親を殺して、死んだときの表情を写真に収めろと茜に命令したのも、この俺だ!」と茜の証言を否定し続けてきた城崎がまるで便乗するように突如肯定的な発言に変えた。茜の目配せに気付いたことで茜の意図を見抜いた。


≪茜は自分を犠牲にして俺を助けようとしている。敢えて自分を殺すように仕向けることで日向の意識が茜に向かい、隙が生まれる。その隙に逃げればこの危機を脱することが出来る。でかしたぞ茜。いいタイミングに来てくれた。


さすがは俺の彼女だ。もし運良く生き延びることが出来たら、その時は俺が助けに行こう。それまでは俺の身代わりとして辛抱してくれ。苦しいだろうがお前ならきっと分かってくれる筈だ≫


 と自己中心的で独善的な思考が働いた。


「お、お前らが……」震えるまで拳を強く握りしめ、小石から車まであらゆる物体が振動し始める。


「城崎まで……あいつら正気か!」遠くから見ていた陽助が言いながら身体に巻き付いていたケーブルを懸命に解こうとする。


「どう、して……」写真に写っている母親の姿を見て顔面蒼白になり、雅人は言葉を詰まらせて歯ぎしりする。


「どうして? フッ、自分に問いかけてみろよ。こんな大事な時に何故傍にいてやらなかった。看病をほったらかして一体どこで何をしてた。何故二度も狙われないと決めつけて警戒しなかった。お前が守っていれば母親は死なずに済んだのにな。いずれにせよ、お前がいなかったことで思いの外事がスムーズに運んだけどね」


 調子付いた城崎が前に立っていた茜に「邪魔だ」と言わんばかりに、茜を横に押し退けて雅人の前まで近づいて雅人の心を抉って逆撫でし続ける。雅人の怒りに呼応するかのように周りの大気が震え始め、物の振動音が次第に増大していく。


「ま、まずい……このままだと殺されるぞ。光山、大至急あいつらを連れて逃げろ! その間に俺が日向を麻酔針で押さえる!」


 この後確実に訪れるを最小限に抑えるべく、陽助はボロボロの身体を無理矢理起こし、差し迫った様子で洸太に指示した。洸太は身体に巻き付いていたケーブルを外そうとする。


「癌に冒されちゃどのみち先はもう長くないだろうし、手術代も浮く。一石二鳥さ。加えて俺は、もう生きるに値しない人間を排除して社会に貢献したんだ。だから悪く思わないでくれよ」


「早くしろ、光山ぁ!」と陽助が語気を強めて叫んだ。洸太は漸く巻き付いていたケーブルが解け、瞬く間に立ち上がって城崎の元へ急行する。


 そして陽助は左手に吹き矢筒を手にしており、メットの顔を覆っている部分が自動でスライド式に左右に開いて、銃弾を弾倉に装填するように麻酔針を筒に込めて勢いよく吹き付けた。猛スピードで発射された針は雅人目がけて一直線に飛んでいく。


「こうなってしまったのもお前の所為だ。お前の所為で、母親が死んだのさ! 自業自得だ。ざまあみやがれ!」


「うわああああああああああああああああああ!」

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