第110話 闘争か逃走か
響き渡るその慟哭は絶望を察するに余りあるものだった。喉が張り裂けんばかりの絶叫に呼応して衝撃波が四方八方に炸裂する。
付近にいた洸太と陽助が勢いよく吹き飛び、颶風でも吹き荒れたように何台もの車が宙に浮いた。目の前にいた城崎は、後方にあった車に背中と後頭部をぶつけて気絶した。
他方で茜は橋の欄干を飛び越えて真下の海に向かって落ちていった。この高さから落ちれば海に叩きつけられて恐らく死ぬだろう。辛うじて生き延びたとしても軽傷では済まない。茜は海を背に吸い込まれるように急速に落ちていき、目に映る空がどんどん遠くなっていくのを感じながら自らの死を悟る。
海に着水する数十センチ手前の空中で止まった。まるで、釣り竿の糸で釣り上げられているような形でピタリと空中に浮いていた。
どうなっているんだろうかと思って上を見上げると、洸太が欄干から身を乗り出して腕を伸ばし、必死の形相で手に力を入れて念力で茜を浮かしていたのが分かった。洸太の念力によって身体が徐々に下へ下がっていく。腕を震わせているところをみると、かなり無理をしているようだった。
それもその筈。洸太は雅人との戦いで、かなり体力と念力を消耗していたことに加え、真下に広がる海を見て川に落ちた時のトラウマと葛藤していた。
≪光山……≫
と心の中でそう呟いた次の瞬間、遂に洸太が限界を迎えてしまい、茜が海に着水して洸太は全身の力が抜けて膝から崩れ落ちる。どうやら茜の身体を念力で宙に浮かべた状態でゆっくり降ろしていくので精一杯だった。その後のことは茜に任せるとして、一息ついてから雅人を追っていった。
「殺す……殺してやるぅう!」激しい殺意を剥き出しにして怒り狂った雅人が城崎に迫っていく。痒みで疼いていた左目が墨汁で塗り潰したように真っ黒に変色していた。
陽助が先ほど吹き矢で放った麻酔針が、タイミング悪く雅人の念力の爆発で弾かれてしまったため、もう一度雅人に狙いを定めて吹き矢を構えた。今の雅人は、城崎に対する際限ない憎悪と殺意に囚われていて、何も見えなくなって無防備の状態になっており、今吹けば確実に当たる筈だと考えた。城崎が雅人の母親を殺害したことを告白した挙句挑発して発狂させたとはいえ、陽助にとっては喜ばしい誤算だった。
陽助が雅人との距離を詰め、吹き矢の筒に次の麻酔針を装填して、両手で水平に真っすぐ持つ。空気を大量に吸い込んで肺を目一杯膨らませ、溜まった分の空気を全部吐き出すかのように、一気にそして強く吹き込んだ。
弾丸の如く高速で発射された麻酔針が、空を切り裂いて雅人目がけて飛んでいき、あと十数センチで針の先端が後ろ首に刺すと思われた瞬間、見えない壁のようなものにぶつかり、そのまま落下するものと思われたが、雅人が無意識に発した念力で空中で停止したままで、その後撥ね返されて陽助の方へ勢いよく戻っていった。麻酔針は陽助の顔の真横を通過していき、あまりの風圧に煽られて倒れ込む。
雅人は振り返ることなく歩き続ける。まさか雅人が、自分の背後にも念力のバリアーを無意識に張っていたなんて思いもせず、予想を裏切られてしまった陽助は、戦いの疲労も相まって動けず倒れたままだった。全ての希望を託すように、向こう側にいる洸太に視線を送った。
その様子を遠目で見ていた洸太はある選択に迫られた。人生とは常に選択の連続だ。その時に取った選択によって、これから起こる事象や状況に大きな影響を及ぼしてしまう場合がある。
特に、危機的状況に陥った時、人間は一旦立ち止まって、次に取るべき最善の行動とは何なのかを冷静に考えて動く者と、もう一つは気が動転して何も考えられずパニックになり、結果的に二次災害に繋がるような誤った行動に出てしまう者と、二通りに分かれてしまう。
前者と後者ではその後伴う結果に大きな差が出る。洸太の場合、後者を取った。陽助と目が合ったとき、「もうお前しかいない」という想いも乗せているような、力強い視線を瞬時に感じ取ったというのもあったが、実際は何も考えられなかった。考えてから動くという余裕など全く無く、考えるより先に体が反射的に動いた。
「日向ぁ!」洸太は最後の砦と言わんばかりに、通せんぼの姿勢を取って立ちはだかる。
「邪魔をするなあああ!」念力で払い除けようとするも、洸太の念力で辛うじて相殺されてしまった。雅人は続けて打ち込んだ衝撃波の塊も念力で防がれる。洸太は念力のバリアーを張って防御に徹しており、決して反撃しようとしない。
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