第104話 対立②

「……分かるよ。僕も、育ててくれた里親に一回でもいいから、『偉いね』や『よく頑張ったね』とか『凄いね』って褒めて欲しくて、勉強に精を出した。それでも里親は毎日のように理不尽に怒って、当たり前のように殴られたり蹴られたりして泣きたくなるぐらい痛かった。


プレッシャーに圧し潰れそうになることもあったけど、いつか自分の努力が実を結んで良い成績を出して、それを嬉しそうに褒めてくれる里親の顔を見たいがために必死に耐え続けた。


でも今になってやっと分かったんだ。あの時の自分の思いは決して里親に届きやしない。たとえ良い成績を残せたとしても、きっと里親は心から褒めてくれないだろうし、この先も暴力を振るうことも止めることはないだろうなって」


「それで? お前と同じように、俺のこの気持ちも父さんに響く訳がないから目を覚ませ。そう言いたいのか?」


「違う。僕は物心ついた時から父さんと過ごしたことなんて無かったから、君の気持ちを推し量ることしかできない。だけど、それでも君に対する社長の、お父さんの愛は本物だと思う。何故なら君は、ネオトルーパーズである前に倉本社長の一人息子だからだ。


もし僕が君の立場だったら、大事に思ってくれてるんだと思って嬉しいなってなるよ」と、自身の体験談を交えながら熱弁した。


 ちゃんとした普通の親子関係が成立しているだけで、自分より恵まれている。だからこそ、陽助には父さんとの関係に亀裂を生んでほしくない。そんな思いからつい熱く語ってしまった。掛埜と茜は、そんな熱い討論を繰り広げる二人の迫力に圧されて静かに見守っていた。


「じゃあもし本当に父さんがそう思っているなら、どうして俺がこの作戦に参加するのを止めてくれなかったんだ?」


「そ、それは……」洸太はそう聞かれた途端に口を噤む。


 東が、本部からのスパイとしてネオテックに派遣されていたことが倉本にバレてしまい、極秘任務と言う形で一人になったところを、日向と思しき人物に襲撃されて消された。


 それに巻き込まれないようにするために、敢えて陽助には秘密にしておいたというのが倉本の真意だろう。自分の子供を危険な目に遭わせないように色々と根回しするのは、親としての当然の務めなのだと理解できる。


 倉本と日向が本当に裏で繋がっているかどうかは今のところ謎だが、倉本にとっては邪魔者である東を排除出来たことは、結果的に良かったと悦に浸っているに違いない。そしてこのことを陽助に伝えたらすぐさま倉本の耳に入り、いずれ自分や東と協力関係にあった綾川さんまでも消されてしまう。

 

 そう思考を巡らして返答に窮していたその刹那、突然耳鳴りがして頭に激しい痛みが襲ってきた。


「うっ、あっ……」あまりの痛さに洸太は頭に手を当てた。陽助にも同じ症状が起きる。

 

 ネオエンパシーによって聞こえてくる複数の叫び声や喚き声。光景が浮かび上がった。いつぞやの夜に聞こえた見知らぬ家の母子の叫び声や、突然の地震で生徒たちがパニックになって泣き喚く声を聞いた時と同じ現象が起こった。そういった音の処理方法についてこれまでのトレーニングで東から訓練を受けたので、痛みは程無く治まった。


「どうしましたか。まさか、のですか?」それまで静かにしていた掛埜が意味ありげに尋ねた。


「はい、かなりの数です……向こうで何か大変なことが起きたに違いありません」


「あれ、向こうから人が歩いてくるのが見える」と茜が窓の外を見て、走って逃げていく人を見ながら言った。


「反対車線にも何人かいるな」陽助も乗じて外に目を向ける。こういう時こそ、バイクでこれらの車の間を縫って渋滞を脱したいと、心の中で思った。

 

 渋滞に嵌まってから十分経つが、車の列が一ミリも動く気配はなく、それどころか、人々が続々と車から降りて、まるで何かから怯えながら逃げていくように、進行方向とは逆方向へ行く人の姿がちらほら見えた。


「どうやらこの先で事故があったんだそうです。前方のルートもどこまでも赤い。でもおかしい。そういえばこの渋滞は先の方まで長く続いていてさっきから全く進む気配がないですし、単なる交通事故にしては一際騒々しいですね。こんな時に事故なんて、一体どれ程の大事故だったんでしょうか」


 と掛埜がタブレット端末で渋滞情報を見ながら答えた。前方の道路が一本の長くて赤い線のように表示されている。


「出て様子を見に行きますか?」と洸太が掛埜に提案した。


「そうですね。一旦社長に連絡して聞いてみます」と、掛埜がサッとスマートフォンを取り出して倉本に連絡を取り、状況を伝えた後に指示を仰いで、「かしこまりました」と言って電話を切る。


「社長からの許可を頂きました。では陽助さん、ひとまず様子を見に行って頂けますか。状況が分かり次第、耳に装着しているトランシーバーで伝えてください。敵が攻撃を仕掛けてくる可能性も考慮して、光山さんには城崎真の乗っている車の近くに行って見張りを頼みます」


「了解」と元気よく返事をし、二人は確執を抱えてギスギスした状態のまま一旦話し合いを切り上げてメットを被って車から降りていく。


 陽助は走って現場へ直行し、洸太は雅人が城崎に襲い掛かったとしてもすぐに対処できるように近くで待機する。ターゲットを全力で守るのがネオトルーパーズの至上命題である。


「私も、行こうかな」ととり残された茜が一人ソワソワしている。


「駄目です。今はあの二人に任せましょう」と、掛埜が茜の手に自分の手を重ねて、安心させるように優しく声をかけた。


 心なしか、茜は何か覚悟を決めたような表情を浮かべていた。

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