第103話 対立①

 黒色の自家用車に乗っていた城崎は苛立っていた。


「こんな時に渋滞か」城崎が貧乏ゆすりしながら執事に尋ねる。


「どうやらこの先事故があったみたいですねえ。私の経験上、この手の渋滞はもう暫くかかるのではないかと」ここから長いグリッドロック状態が続くのだろうと覚悟した。


「いつになったらこの渋滞抜けられるんだ」と、苛立ちがピークに達して計らずも語気を荒げて、運転していた執事に八つ当たりする。


「申し訳ございません、真様。何とか抜けてUターンしたいところですが、横にも後ろにも車が……」と執事が申し訳なさそうに言う。


「何だよ、八方塞がりじゃないか」とあからさまに溜め息をつく。


 そんな時、スマートフォンが鳴った。メールが届いた音だった。何だろうと気になってメールに添付された画像ファイルを開くと、殺された直後の雅人の母親が写っていた写真だった。血の気が全くなくなっており、真っ青で苦悶の表情を貼り付けている。それを見た城崎はニヤリと口元を緩め、スマートフォンをポケットに仕舞う。


「それから、なんだか人がこっちに向かって歩いて来るけどどうした。本当に事故か? 向こうで何が……」

 

 その直後、城崎の頭に稲妻が走ったような感覚に襲われた。形容しがたい何かを感じ取り、その何かが背筋を這っていくようなゾクッとする寒気を覚えて身震いし、全身の鳥肌が総立ちした。


 つい先ほどまで遣っていた優越感はとうに忘れられ、何かが襲い掛かって来る不安と恐怖と、ここに居てはいけないという衝動に駆られて焦る。今すぐここから逃げなければと本能が訴えてくる。


「……もういいよ、ここで降りる。じれったいし。荷物は家に届けてくれ」と慌てた様子で車から降りた。


 突然の事態に執事も動揺して車から降りて止めようとする。ここで城崎を引き止めなければ、彼を守り通すという使命を果たせなくなると危惧した。執事の懸命な呼びかけに全く聞く耳を持ってくれず、手を掴んで強引に連れ戻すも「うるさい!」と拒絶されて、逃げるように歩いていった。




「それにしても、茜と言い、掛埜さんも戦闘に巻き込まれるリスクもあるというのに、よく引き受けましたね」


「本当は乗り気じゃなかったのですが、城崎真をただネオテックに連れて帰るだけだからと渋々受けたというだけです」


「もし戦闘になったら、迷わずすぐに安全な場所へ逃げてください。茜も」と茜の方を向いて念を押すと、茜は静かに首を縦に振る。


「フン、そうなる前に俺が日向を倒せばいいだけの話だ。無論一人でな」


「何言ってんだよ。あいつは一人で東を倒せるぐらい強くなってるんだんだぞ」


「だからこそだ。俺があいつを倒せば東をも超えることになるんじゃねえか」


「僕らのこの作戦の目的は日向を倒すことじゃない。城崎をあいつの襲撃から護り抜くことだ。それを忘れたのか」


「その日向が、しつこく追いかけ回ってきたら面倒だから、早々に排除するべきだって言ってんだよ。日向を倒して城崎を守る。その方が合理的だし、一石二鳥だ」


「百歩譲ってそれで戦闘に臨んだとしても、一人でやれば負ける可能性が高い。僕も一緒に――」


「言った筈だぞ、今日俺は一人で日向を打ちのめすって。あいつを倒せばモニター越しで見てる父さんに、俺は東を超えたことを証明できるんだ」意地でも自分の我を通そうとする陽助に対し、洸太は小さい溜息をついて呆れたように両目を瞑る。


「……酷なことを言うようだけど、そのやり方じゃあ東を超えられないし、父さんにも認められないと思う」

 

 自分が今放った言葉が陽助を逆上させることを分かっていた。そしてこの後交わすやり取りも、また前回のような口論になることも予想していたが、大事な作戦を実行する上で陽助との連携は必要不可欠。たとえ真っ向から対立して意見が衝突することになるとしても、妥協点を見つけるまで話し合わなければならない。


 そして狙い通り、陽助が立ち上がって物凄い形相を浮かべて怒りを爆発させる。


「何なんだよお前は! ああ言えばこう言いやがって。いちいち鬱陶しいんだよぉ!」


「二人とも、こんな時に言い争うなんて一体どうしたんですか。大事な作戦の直前ですよ」と掛埜がたまらず割って入り、止めるように訴える。


「いいえ、掛埜さん。大事な作戦の前だからこそとことん話し合うべきなんです。それこそ、お互い納得のいくまで」と、洸太は怒り心頭の陽助を前に微動だにせず、毅然としていた。


「新入りのくせに、この場に東がいないからって、お前がリーダーにでもなったつもりか!」


「違う。そんなつもりは全くないよ。ただネオトルーパーズの一員として、僕らが置かれている今の状況を分析して、今後どういった対応を行うのが最善なのかを考えて言ったまでだ」


「俺が閃いた作戦だ。余計な口出しするんじゃねえ!」


「確かにそんな作戦を閃くなんて僕も驚いたよ。でも、折角の作戦が君の独り善がりで台無しになったら望みも叶えられないし、父さんにも見放されてしまう。それでもいいのか?」と真剣な顔つきで言い放った。


「肉親がいないお前に、俺の気持ちが分かってたまるかよ。愛する家族に褒められ、認められたいと懸命に努力するこの俺の気持ちが!」

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