第100話 陽助の不満
そうしてスーツの説明や取り扱いを聞き終えた二人は手ぶらで研究室を後にする。綾川はマネキンが着ていたスーツに消毒を施して綺麗な状態にしてからそれぞれの部屋に後で送ると言って二人を返した。今にしてみれば、それは綾川なりの気遣いだったのかもしれないと洸太はふと思った。
それぞれの部屋へ向かっていく途中、陽助の様子が変だということに洸太が気付いた。綾川からギアスーツの説明を受けてその時に質問したっきり一切言葉を発さなかった。
よほど東のことで気を揉んでいるに違いないと察した。洸太としては、明日の作戦について色々と建設的な会話を交わしたいと考えている。ただでさえ東がいない体制で臨むのに陽助が黄昏ているままでは、確実に作戦に支障が出てしまうと心配になり意を決して話しかけることにした。
「さっきのスーツ、カッコよかったね。東も着れないなんて同じネオトルーパーズとしてとても残念だよ」と直接話しかけるわけではなく、前を歩いている陽助に聞こえるような声の大きさで独り言のように呟いた。
聞こえていないのかそれとも聞こえていないふりをしているだけなのか、案の定無反応だったが、それでも洸太は続ける。
「それにしても、この三人の中で一番強かった東が敗けるなんて。それだけ日向が以前より強くなってるってことだよね。僕らも明日の城崎の護衛の任務を最後まで遂行出来るか分からないな」と言った途端に陽助が歩を止めてわざとらしい溜息をつき、後ろにいた洸太を振り返った。
「さっきから何なんだよ。俺と二人じゃ心許ないとでも言いたいのか?」と眉間に皺を寄せて訊ねる。
「いや、そういう意味で言ったわけじゃないけど……」洸太はあまりの迫力に委縮する。
「そういう風に聞こえるんだよ。結局頼りになるのはいつだって東だったもんな。そりゃそうさ。だってあいつ強いし、頭もキレるし。だから父さんから極秘任務を頼まれるんだ」
「どうしたんだよ陽助。いつもの君らしくないけど」
「そんな重要な任務をあいつに依頼するってことは、やっぱり俺は東より劣ってるからだろ……確かに東の方が何もかも優れてるし、ネオトルーパーズとして優秀だ。だから俺はあいつなんかに負けてたまるかと俺なりにめげずに藻掻いてここまでやってきたんだ。これじゃあ……これじゃ俺は何のために!」
「落ち着きなよ。別に東が指名されたからといって陽助のことを蔑ろにしたわけじゃない。現にこうして東が受けた極秘任務に失敗して病室で寝ている。きっとそれほどまでに危険なものだったんだよ。もしかしたら、君を危険な目に遭わせたくないから敢えて東に頼んだんじゃないかな」
「それって裏を返せば、俺が実力不足だってことじゃねえか」
「だからそんなことないって。何でそうやってネガティブに捉えるのさ」
「どうせお前には分からねえよ。こんなに頑張ってるのに見向きもされない俺の気持ちが」と屈辱と寂しさの入り混じった口調で漏らす。
「だったら、自分の思ってることを直接ぶつけてみればいいだろう。そうやってろくに親と話し合おうともせず心の中に溜め込んでるから振り向いてもらえないんじゃないの?」
「何だと?」もっともらしい指摘を受けて陽助は洸太に顰め面を向ける。
「この際だから言うけど、東は何かある時は倉本社長に会いに行って話をしてた。けど君が社長と話してるところなんて見たことが無い。父さんに向き合ってほしいとか言いながら何で自分から話しかけようとしないんだよ。
これまで何度も機会はあった筈なのに行動しなかった。それどころか、どこか東に頼ってるようにも感じる。それなのに頼って欲しいとか、我儘で傲慢もいいところだよ」
ここぞとばかりに捲し立てると、陽助が洸太に近づいて左手で胸倉をガシッと掴んで持ち上げて壁に押し付けた。
二人の問答は続く。
「何を言い出すかと思えば、勝手なことを好き放題言いやがって。父さんがそんなこと思ってるわけ無いだろうが!」そう否定する洸太に自分の気持ちを踏み躙られた気分になり、声を荒げて吐き捨てる。
「うっ……何であまり話してないのに、お父さんの気持ちが分かるんだよ」
「俺たちは親子だから心で通じ合ってるもんなのさ」
「意志疎通ってことか。だからって言葉を交わさなくていい理由にはならないし、自分の想いが間違って伝わる場合もあるから、何とも言えないと思うけどね」
「フン、親と暮らしたこと無いお前に何が分かるってんだよ。一丁前に偉そうなこと言ってんじゃねえ!」
「ああ、分からないよ。ついこの間まで母親だと思って接してた人も里親だったし。本当の家族にすら会ったことが無い。だから君の気持ちなんて理解できない。でも、そんな僕と違って君には父親と呼べる家族がいる。思いや文句ををぶつけたりすることができるんだ。そんなことも理解できないなんて、何が家族だ」
「俺だってな、文句の一つや二つ言ってやりたいと思ったことだってあるさ。今回の件だって、本当は俺も行きたかったんだ!」
「じゃあ、そうやってお父さんに言えば良かっただろ。君がそんなんだから、父さんに頼りないって思われてしまったんだろ。それじゃ、いつまで経っても東を超えることなんて出来ないよ」
「お前ぇ……」と怒りを滾らせて殴る体勢を取ったが、左右を見渡して何人もの職員こちらの様子を白い目で見てざわついていることに気付いた。
これでは陽助が一方的に洸太を虐めていると捉えかねない。罰が悪くなった陽助はそれでも溜飲が下がらないと、握りしめた拳を前に真っすぐ伸ばす。
洸太は殴られると覚悟して目を瞑って歯を食いしばったが、陽助のパンチは顔の真横を通り過ぎて壁にめり込む。そして掴んでいた胸倉を離し、洸太の身体がドサッと落下する。
「うぐっ……陽助」尻もちを着いたと同時に咳き込む。
わざと外した訳ではなかったようだ。本当は殴るつもりだったが、洸太が放った意見にも耳を傾けるだけの価値があって頭ごなしに突っぱねることなど出来なかった。しかし、それでも陽助はそこはかとないもどかしさをどうにかして発散したくてつい壁を殴ってしまったのだと洸太はそう分析する。
そんな洸太を冷徹な目で見下ろしていた陽助が次のように言い放つ。
「どいつもこいつも俺のことを舐めやがって……そうやって俺を見下すのも今の内だからな。明日、俺は何が何でも城崎を保護してみせる。そんでもって父さんに認めさせてやるんだ!」吐き捨てて足早に去っていく。
待ってと呼び止めようとしたが、自暴自棄になっている今の陽助とこれ以上話し合うのは無理だろうと判断して出かかった言葉を呑み込む。
周りにはまだ職員たちがこちらを見てひそひそと話し合っていて、呼吸もやっと落ち着いたタイミングで洸太も決まり悪そうにその場を後にした。
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