第99話 ギアスーツ

 扉を開けて研究室に入ると、洸太と陽助は初めて入る研究室の中を見て呆気に取られた。その広い部屋の中でたくさんの研究員達がパソコンで何かを設計していたり、機械と機械を接続して電気系統の動力を確認したり、様々な薬品を調合してその結果を記録していたりとチームごとにそれぞれの研究に熱心に取り組んでいた。


 綾川は近くにいた研究員に「例の物はどこにある」と尋ね、「あちらです」と入った扉の丁度反対側に部屋の入り口らしき扉の方を指差して三人はそこへ向かっていく。綾川が鍵を開けて入って明かりを付けると、そこには黒色のライダースーツのような服装を着ていた首なしのマネキンが三体あった。


「綾川さん、これって」


「ああ、我々研究開発部が新たに開発したギアスーツだ。これまでの三人がこれまで着用してきたプロトタイプであったトレーニング用のユニフォームを元にしていて、ギプスや義手義足、強化パーツに使用される硬化ケブラー製の新素材にチタン繊維を混合し、スターライトとLINE-Xという特殊な塗料でコーティングした特製の戦闘用スーツだ。


柔軟性に優れたデザインで、機動力と俊敏性に特化するためにポケットの付いたベルト以外の余計なものは付けない軽装スタイルとなっている。まあ素材の性質上どうしても体型にフィットするような形状にならざるを得ない。でも今ここにあるのはそれぞれの体型や身長に合わせているから着ているうちに慣れていくだろう」


 と綾川がスーツの特徴を得意げに解説し、洸太と陽助は説明に耳を傾けながら興味津々にスーツを見ていった。


「実際にどれほどの強度を誇るのですか?」


「一見すぐ破れそうに見えるけど、防弾と防刃もさることながら、火、水、腐食、酸、電気、熱と冷気など、あらゆる衝撃に耐えられる設計となっている。試験段階では猛スピードで車をぶつけたり、手製の爆弾で爆破したりと何かしらの打撃や衝撃を計十万回以上与え続けてきた結果スーツの強度は変わらず、身体に掛かる負荷やダメージを数パーセント以下に抑えた仕様になっている。


とはいえ、口で説明するだけでは信憑性が低いから実際に目で見て確かめた方が良いんだろうが、これから明日に向けて最終調整に入るから実戦で体感する他ない」


「なるほど、分かりました。この強力なギアスーツを着て戦闘に臨むということですね」と説明を聞いて洸太は感銘を受けた様子だった。


「万が一の事態に備えてと言いたいところだが十中八九戦闘になるだろうからな。まあ、お誂え向きのスーツであることは保証する」


「ええ、初陣には持ってこいですね」実際に雅人が現れて会敵すれば、陽助と洸太にとって初めての実戦になる。


「何事もなく無事に任務を遂行することが理想だが、もし戦闘になれば日頃の訓練の成果を見せることになるだろう」

 

 綾川の言う通りだった。雅人との戦闘は極力避けたいところだが、仮にそうなってしまったらこれまでの訓練で得たものを全部出し切れるか分からないという不安が残る。そうした不安を完全には払拭できないが、それでもやれることは全てやって全力を尽くして挑むしかないと腹を括ることにした。


「もし」


 と、先程綾川から東が日向に襲われた話を聞いて以降、一言も発さず沈黙していた陽助が突然喋ったので、洸太と綾川は驚いてつい互いに顔を見合わせる。


「もし、東がこれを着ていたら、単独任務に失敗せずに済んだのかな」と、感情の籠っていない声で尋ねた。


「……勝算はあった。資材調達が遅れていなければ、それまでには間に合っていただろう。東がああなったのは私の責任でもある」


「そんなことありません。東もそのことを承知の上で、単独任務に臨んだ筈です。なので、決して綾川さんの責任ではないです。それはきっと、東も同じだと思います」洸太のこの言葉に救われて、綾川は少しだけ罪悪感が軽くなったような気がした。


「明日、共に東の無念を晴らしましょう」


「そうだな、と言いたいところだが、実は明日の作戦の件には残念ながら私は参加できない」


「えっ、何かあったのですか?」


「急用が出来てな。そのために今日はこのまま早退するつもりだ。代わりに掛埜かけのという私の助手が同行することになっているから安心してくれ」


「……分かりました。くれぐれもお気を付けください」綾川が例の廃病院に単身で調査に行くつもりだと瞬時に理解し、無事を祈った。


「ああ。僕も君たちの安全と作戦が上手くいくように陰ながら応援しているつもりだ。頑張れよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る