第97話 エッグ強奪作戦④
これでやっと東を打ち負かして踵を返したその時、東の指がピクンと動いた音を聞いて振り返る。すると東が覆い被さっていた鉄屑を退かしながらなんとか這い出た。
≪絶対に死守する!≫
この言葉が東の意識を取り戻させた。東は先ほどのパンチのラッシュで額から出血し、顔が血だらけになっており、腹部を蹴られて口からも血が流れて、地面に血がポタポタと滴り落ちていく。まさに満身創痍だったが、何としてでもエッグを死守するという使命感に駆られてゆっくりと立ち上がる。
「使いたくなかったが、やむを得ない……」と覚悟を決めたようにそう呟く。体力の消耗が激しいため出来るだけ使わないでおきたかったが、男がただものではないと身を以て痛感した以上、使わざるを得なかった。
左手でポケットからチョーカーを取り出して首に装着し、そして綾川に返してもらった、表面に罅の入った紫色の交じった黒く光るシャードを持っていて、首輪の真ん中にある窪んでいる部分に合わせて装填した。
「シャード装填確認」と機械的な声が流れた。傷の付いた状態で認識してくれないのではないかと懸念していたが、杞憂に終わってホッと安堵するように深呼吸する。
「バトルモード展開」
と命令口調で自信満々に言い放つと、その声に反応するように装填したシャードが猛烈な光を発し、尋常じゃない量のエネルギーが放出される。みるみるうちに男から受けた傷や折られた右腕が治り、それどころか身体能力も急上昇してパワーも漲ってくるのが分かった。
「ウオオオオオオオオオオオ!」
周囲の大気が東の手元に集まって凝縮されていく。その間に男は何か攻撃を仕掛けて望外でもしてくるのかと思っていたが、特に何かしてくるわけでもなく、東の繰り出す技を待っているかのようにただじっと立っているだけだった。
それなら寧ろ好都合と捉えた東は、両手で包み込むようにして圧縮した後、手の中に納まるほど小さく纏めてから男に向けて発射した。
次の瞬間、圧縮された大気がジェット気流のように凄まじい勢いで撃ち出された。解放された大気が急激に元に戻ることで物凄い威力の衝撃波と化して炸裂する。轟音と激しい爆風はヘリやその他の残骸などを薙ぎ払っていった。
大技を決め込んだ東がその場で膝を付く。その直後、シャードが自らの命を全うし終えたかのように二つに割れて首のベルトから落ちた。やはり全く影響が無かったわけではない。
エネルギーを溜め込んで技を放った時も多少なりともパフォーマンスが落ちていた。シャードの本来の性能を百パーセント発揮できなかったが、それでも東はそのリスクを承知でシャードの力に頼るしかなかった。
東が繰り出した技によるエネルギーの消費は激しく、立っているのもやっとだった。舞い上がった粉塵で敵の姿が見えない。これ程の衝撃を受けてダメージを受けない筈がない。
きっと意識を失って伸びているだろうが、まだ油断は出来ない。煙が完全に晴れて男が戦闘不能になったところを確認できなければ確実な勝利とは言えない。警戒して待っていると、煙の中で人影が動いているのが見えた。二本足でしっかり立っていて、こっちに接近してくる。
「馬鹿な……動ける筈がない!」東は驚きとともに動揺を隠せない様子。男を包んでいた煙が少しずつ晴れていく。
そして煙が晴れて男の姿がはっきり見えたとき、東は絶句した。今打ち込んだ技が渾身の一撃だった。有効打を一身に受けたにも関わらず、何でもないような様子で立っていることに恐怖を覚える。徐に立ち上がって構えるも、反撃する力も底を突いてしまった。男が更に近づいて来るに比例して恐怖が増して脈拍も速くなっていく。
「そ、そんな……どうして!」持てる力を出し切った上に満身創痍。絶体絶命の状況に思考が止まり、身が硬直する。
男はそんな及び腰の東を他所に、攻守交代だと言わんばかりに腰に下げていた銃を手に持った。警察官が使用する銃より大きく、その流線形で未来的なデザインであるが故に見たことの無い特殊な構造をしているのが分かった。
「ブウゥン」という先進的な機械音を発して起動すると、引き金のすぐ上にあった出力ダイアルを少し右に回して微調節する。高性能な銃に見入っていたその時、男が銃口を東に向け、狙いを定めて引き金を引いた。
「キュィイイン」という音を立てながら、その銃から発射されたのは銃弾ではなく衝撃波だった。
高密度に圧縮された衝撃波が透明のビームのように勢いよく放射され、東の胴部にピンポイントで直撃する。体が勢いよく弾き飛ばされ、それはまるで大型トラックに猛スピードで突っ込まれたような衝撃を誇った。先ほどの大技の反動に加え、更に強烈な衝撃波を喰ったとなれば総合的に受けるダメージは想像を絶する。
地面に落下した後、仰向けになって倒れ込んだ。男は無言でアタッシュケースを拾って漸くその場を去っていく。
遂にエッグを奪われてしまった。取り戻そうと起き上ろうとするも、先ほど受けた衝撃波で全身を強く打って指一本動かせない状態で、意識も朦朧としている。そんな自分の無力さを痛感し、遠のいていく意識の中で黒服の男の姿が小さくなっていく。
敗北を喫して任務を遂行出来ず、無念で一杯だった。目を閉じて意識がいよいよなくなる直前、車が滑り込んでくる音が聞こえてきたのが分かった。
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