第96話 エッグ強奪作戦③

 足音が段々近づいて来ているのが分かった。久我もその周りの部下たちも招かれざる客の来訪に構える。

 

 そして光の届く距離まで来るとその姿が光に照らされた。全身黒服に身を包んだ男のようだった。フードを深く被っていてマスクもしていたため顔が全く見えない。


「何なんだあいつは。この場所は我々しか知らない筈だぞ」

 

 操縦士にヘリを離陸させるように合図したが、男が手を突き出した途端にヘリのプロペラが火花を散らして急停止する。その様子を見た久我達は騒然とし始める。


「エッグを持ってすぐにこの場から離れて! うっ!」と叫んだ瞬間、見えない何かに勢いよく突き飛ばされてしまった。


「う、うわぁ! 早く車を出せぇ!」久我達も慌てて逃げるが、男の念力によって煽られ、停まっていた車も玩具のように跳ねて横転してしまう。

 

 男が手を突き出して、エッグの入ったアタッシュケースを念力で引き寄せようとした時、東がバッタのように飛び掛かって男に殴りかかろうとするも、瞬時に後方へ避けられてしまい、着地したと同時に拳が地面にめり込んだ。


「挨拶もなしにいきなり攻撃とか、随分荒々しいことするじゃないか。その前に先ずは自分から名乗るべきなんじゃないのか?」と煽り立てるが、男は何も答えずだんまりを決め込む。


 横に視線を向けると、投げ飛ばされた久我は地面でうつ伏せになって倒れている。頭から血を流していて意識不明の重体だった。その他の部下たちも重傷を負って伸びていた。


 至急治療しなければ、と焦る東だったが、そのためには突如来襲した眼前の敵を撃退せねばならない。再び視線を戻すと、男が矢のような速度で眼前まで間合いを詰めてきた。その俊敏さに東はハッとしたものの、即座に応戦する。


 熾烈な攻防を繰り広げている最中、東は単独での襲撃、人物の姿形、体格と服装から相手は日向雅人であると分析する。


 だがいざ闘ってみると、こちらが繰り出すパンチや蹴りといった攻撃、次に繰り出す技を全部読まれているような戦い方で、男は次第に隙を突いて攻撃してくるようになり、劣勢に立たされる。


 初めは互角に渡り合えると思っていたが、徐々にその差は開いていくのを痛感するにつれ、東は反撃する間も無く、防戦一方で攻撃を受け続けるようになった。


 なんとかパンチのラッシュを繰り出して反撃に出るも、男はそれらを全て軽快にいなして東の腹を殴り、終いに顔を蹴り上げる。怯んだと同時に男が両手で東の片方の足を掴んだ途端に上に振り上げて地面に叩きつける。


 それだけに留まらず、続けて野球選手がバットをスウィングするように全力で振って、東の身体を近くにあったヘリに叩きつけた。


 勢いがあり過ぎて東の身体がヘリにめり込んだかと思うと、そのまま貫通し、その衝撃でヘリが真っ二つに大破してしまった。向こうで東が仰向けに倒れているのを確認した男は、念力でエッグの入ったアタッシュケースを引き寄せて掴む。


 男がそれを持って一仕事を終えた様子でその場を後にしようとした時、何かの金属がパキンッと折れる音がしたので振り返ると、東がヘリの真上を跳んでいるのが分かった。


 手にはヘリのメインローターから切り離した一枚のローターブレードを持っており、それを男目がけて槍投げ選手のように勢いよく投げ打つ。男は素早く後ろへ跳び、投げられたローターブレードが剣のように地面に突き刺さった。


 東が刺さっていたローターブレードの先端を足場にし、その弾性を利用して電光石火の如く地上を伝って男の目の前まで迫る。真剣な顔つきをしていた東が何かを仕掛けてくると睨んだ男は、持っていたアタッシュケースを地面に置いて出来るだけ遠くの方へ蹴って移動させる。


 そして東が、地面を強く蹴って息もつかせぬ速さで男の懐に入り込んだかと思うと、「鳩尾撃ち!」と技名を叫んで、掌底突きのように指を丸めてはめていたグローブの、手首に近い付け根の堅い部分を突き出すように右腕を伸ばす。


 その瞬間、男は何かを察知して瞬時に横に移動して躱した。まるで今の攻撃が来るのを知っていたかのような動きをしたことに、東が思いがけず「えっ」という声を漏らすと、男が突き出していた東の右腕を両手で強く掴んで、関節部分を膝に叩きつけて折った。


「ぐぁあああっ!」と患部に手を当てて悶絶し、あまりの痛さに膝から崩れ落ちる。

 きっと虫ケラを見るような目で見下ろしているに違いない。そう思って男を見上げた瞬間、拳が飛んできて頬に直撃した。


「うっ!」顔全体に激痛が走った。一発だけでは終わらず、二発目、三発目と、上下左右から矢のように飛んで来る強烈なパンチを連続で食らい続ける。何発も受けすぎて意識が朦朧とする中、今度は顎を殴られてしまい、衝撃で身体が刹那に浮いた途端に無防備に空いた腹部に男の膝蹴りが入った。


「ぐはっ!」ガンッ、という鈍い金属音のような音が響き、東の身体が勢いよく地面を転がっていった。一瞬何が起きたのか分からなかった。目の焦点が合わず目眩がする。夜空を見上げたまま、いつの間にか容赦ない連続攻撃を受けたのだと気付いた頃には、男が頭上を跳んでいるのが見えた。


 その時男が手にしていたのはテイルローター部で、ヘリから念力で無理矢理引き剥がしたものだった。そしてそれを持って仰向けに倒れている東に、薪を割る斧のように強く叩きつける。東は回避不能の一撃を全身で受けてしまい、「ガシャアアアンッ!」という轟音が周囲に響き渡った。


 息する暇もないほど間髪入れずに攻撃し続けて、東を徹底的に叩きのめしたにも関わらず、男は全く意気が上がっていなかった。粉々になったローター部の下敷きになっている東を冷徹な目で見下ろす。鉄屑の間から腕が突き出ているのが見える。


 彼に止めを刺すつもりで叩き潰したのだから、もうさすがに立ち上がれる膂力は残っていないだろうと確信した様子だった。


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