第95話 エッグ強奪作戦②

「そしてこのエッグの場合、必要となるプルトニウムの量は三キロです」


「三キロ?」思いがけず声が上ずってしまう。


「はい。昔と違って製造技術も進歩したのでそれぐらいの量で充分です。三キロであればテニスボールより若干大きい程度の大きさに加工され、町を一つ消し飛ばすことができます」

 

 それを聞いた東が、頭の中で東京の街がこの核爆弾で焼き尽くされていく地獄絵図が浮かび、思わず唾を飲みこむ。


「たった三キロでそれほどの威力を発揮するとは。して、肝心のプルトニウムは?」


「倉本さんが調達するとおっしゃっていました」

 

 果たしてどのように確保するつもりなのだろうか。もし使用済みの核燃料を使うつもりならはっきり言って不可能である。


 原子力の平和利用を目的に一九五七年に設立された国連の機関である国際原子力機関(IAEA)は、一九七〇年に発行された核不拡散条約に基づいて核物質の計量管理や核物質を貯蔵器への封じ込め、そしてモニタリング等の様々な保障措置を行っており、こうして世界中の核物質を常に把握し、軍事転用や拡散を防いでいる。


 仮にIAEAの監視の目を掻い潜って使用済みのプルトニウムを確保できたとしても、クリアしなければならない課題二つある。


 一つは、原子炉級のプルトニウムを使った場合、爆縮の途中段階から中性子が放たれて連鎖反応が始まってプルトニウムが超臨界に達する前に蒸発する「早期爆発」という現象を起こしてしまい、十分な爆発力を期待できないという。


 長崎や広島に落とされた原子爆弾の十分の一程度の爆発力は期待できると推定されているが、飽くまで推定の範囲内でしかなく、実証された例はない。


 もう一つは発熱の課題であり、核兵器に使われるプルトニウムの発熱は十ワット未満に抑えられているのに対し、原子炉級のプルトニウムでは九十から百五十ワットの発熱がある。


 これでは周りを高性能爆薬で包んだ時、爆薬が不安定化してしまう百度を超えてしまい、待機時の安全性と高い信頼性を要求されるミサイル用核弾頭には使用できない。


「まあ、どんな方法でプルトニウムを確保するのか知りませんが、我々はあくまで爆縮装置の製造開発と受け渡しを頼まれただけですので。倉本さんもこのエッグを日本国内で使用するつもりはないみたいですし。どこかの遠く離れた無人島かなんかで爆発させるのではないでしょうか」と、やるべきことはやりましたので後のことは無関係ですといった風に話す。


 それを聞いて東は、極秘任務に任命されたのが自分で良かったと心の底から安堵したと同時に憤りと悲しみを覚えた。太平洋戦争で当時のアメリカに原子爆弾を二発も落とされた唯一の被爆国だ。それなのに、久我をはじめとするこの連中は七十年以上前に広島と長崎での惨劇を後世に残すどころか、同じ悲劇を繰り返そうとしている。


 終戦してから日本が一切戦争に関わらなかったお蔭で日本は七十年も戦争とは無縁の平和な国を維持できたが、その反面、当時の戦争の悲惨さを忘れた挙句関心すら向けない平和ボケした日本人で溢れかえってしまった。


 同じ日本人の血が流れている身として、自分の不甲斐なさの所為で十六年前の核融合炉の爆発事故を止められなかった当事者として到底許し難いことだった。


 やはりこの爆弾は直ちに持ち帰って解体するべきだ。こんな恐ろしいものが世に出たら間違いなく変革の周期を加速させることになる。その最悪のシナリオは絶対に回避しなければならないし、完成させるなど言語道断。


 激しい破壊衝動に駆られ、この忌まわしいエッグの製造に関わった不届き者どもに、核爆弾がどれほどの危険性を孕んでいるのかを説き伏せてやりたかったが、自分の任務はあくまでもエッグを奪取して本部に持ち帰ること。


 時間もあまり残されていない。今夜中に本国に向けて出発するための飛行機も既に手配して待たせているため、こんなところでぐずぐずしてはいられない。装置を破壊したいという衝動をぐっと抑えて冷静を装うことにした。


「大まかな概要と仕組みは分かりました。それでは手筈通り、ここからは私がエッグを責任もって倉本社長に届けて……」と言い終える前に、東が突然何かを感知して徐に後ろを振り向いた。


「ん? どうかしましたか?」戸惑う久我を他所に東は前方に広がる闇に目を凝らす。


「誰か来る」


「えっ?」と聞き返して東と同じ方向を見つめる。

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