第94話 エッグ強奪作戦①

 日付が変わった深夜零時にネオテックのビルの屋上から東を乗せたヘリがプロペラ音を響かせながら夜更けの空へ飛び立つ。飛行中、東は少しも気が休まらず外の景色を眺めていた。


≪エッグを強奪して倉本の野望を打ち砕く≫


 簡単な任務だ。そのエッグという装置を預かって倉本へ届けるふりをしてそのまま本部へ持ち帰ればいい。ヘリの操縦士は買収済みだ。これで倉本が今まで築き上げてきたものが一気に崩れて陰謀を阻止できる筈。失敗する要素などどこにもない。


 その後のことはその時に考えればいい。だが、心の中で一抹の不安が渦巻いている。今のところこの不安の正体が何なのかは分からない。分からない以上、百パーセント安心できない。この不安が杞憂に終わればいいなと心から願う。

 

 深夜の空を飛行してから二時間が経過していた。夜の帳に覆われた山々を越えた先にあったのは小さな渓谷で、その谷底には人工物があるのがぼんやりと見えた。近づいてよく見ると明かりがぽつぽつと光っており、ヘリは徐々に速度と高度を落としていく。近づくにつれてそこはどうやら小さな飛行場であることが分かった。


 そしてそのすぐ近くに車が数台停まっており、何人もの人が立っている。ヘリがゆっくりと滑走路へ降りて行き、スキッドが地面に着いたと同時に東がドアを開けて飛び出した。スーツに身を包んだリーダーと思わしき男が前に出て東に挨拶する。


「あなたが東さんですか?」


「そうです。あなたが久我さんですか」


「その前に、ちょっと手を出していただいても?」


「あ、はい……」戸惑っていると、久我に命令された部下の男がタブレットのようなものを持って渡してきた。その機械を前に出して触れるように促すと、東は従って画面に手を翳す。数秒後、ピコンという機械音が鳴ったと同時に画面全体が緑色に光った。


「東漣さんでお間違いないですね。お手数おかけしてすみませんでした。改めまして、久我と申します。特殊な品物を取り扱っている上、会って早々このような無礼な対応となってしまったことをどうかお許しください」と初対面の東に対する非礼を詫びて深々と謝罪した。


「いいですよ、気にしてないですし。妥当な対応だと思いますので」そう言って右手を差し出し、久我がそれを握り返す。


「でしたらこちらでも、そちらが運んでくださった例の品物が本物かどうか確かめさせていただいてもよろしいでしょうか?」


「勿論です、どうぞこちらへ」そう言って東を停車しているトラックまで案内し、部下の男達にトランクを開けるように指示する。トランクのドアを開けると、黒服の男たちが中にあったひときわ大きなアタッシュケースを二人の前まで持ってきた。


 久我が慣れた手つきでケースの暗証番号を入力してロックを解除すると、中から現れたのはステンレス製の円筒装置だった。その装置を目にした途端、その圧倒的な存在に吸い込まれて周りの景色が麺の生地のように横に長く引き延ばされていく。

 

 核爆弾がどういうものなのかよく知っている。殺傷能力は強力な熱、爆風そして放射線だ。書物や映像ではもちろん、十六年前の実体験を通じてそれが人類にとっていかに危険で恐ろしい兵器なのかを目の当たりにしていた。


「これが、エッグ……」以前も似たような物を見たことがある筈なのに、今いち実感が湧かない。


「ええ。重さは三十キログラムと比較的軽量の小型タイプで、タイマーで起爆させることも可能ですし、核弾頭としてミサイルに搭載することも出来ます」


「一体どこでどうやってこんなものを造ったんですか?」


「一年ほど前に倉本さんから一枚の設計図を渡されまして。その設計図は倉本さんがヘッドハントした核爆弾製造のスペシャリストや核物理学者たちで作成したもので、それを元に全国の企業に必要な部品の製作を依頼しました。


何を作っているのかは伏せて、そうして出来上がったパーツを組み立てていく。いわば、日本中の企業と技術を総動員し、日本の科学技術を結集させて造ったようなものです」と得意気にそう語る。


「なるほど。装置にしては随分と小さいようですが、爆発力は期待できるのでしょうか?」


「勿論です。爆発力は十キロトン。半径二キロ圏内の生物は死滅し、たとえ生き残ったとしても放射線障害で苦しむことになります」と東の質問に淡々と答える。


「とはいえ、現段階ではまだ単なる精密機械装置でしょう。必要となる核物質はプルトニウムと濃縮ウランのどちらですか?」


「プルトニウムです。太平洋戦争末期に長崎に投下されたファットマン同様に爆縮方式を採用しており、核爆弾用に加工されて出来たプルトニウム球は心臓部である爆縮装置にセットされます」


 中心部が空洞になっているプルトニウムの金属球の周りに並べた高性能爆薬を寸分の狂いなく同時に点火する。この際、爆薬の衝撃方向は球の中心に向かうような構造になっているため、外側から一斉に点火することで同心円状に内側に向かう爆発を起こし、中心方向に向かった衝撃と圧力によってプルトニウムを一気に押し潰す。この操作のことを爆縮と呼ぶ。


 圧縮されることでプルトニウムの密度が濃くなり、原子と原子の間が隙間なく縮まって一瞬にして超臨界に達する。


 このタイミングに合わせて、核爆発の点火装置として重要な役割を担うのが中性子を発生させるイニシエーターで、中心にあるそれから一気に放出された中性子が、密度が濃くなったプルトニウムに吸収され、爆発的に増大する連鎖反応が起こって膨大なエネルギーが生まれる。これがプルトニウム型核爆弾の原理である。

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