第93話 疑念と使命
静かに部屋を出ていって洸太がドアを閉めた後、一、二メートル離れたところに壁に寄りかかって東の姿があった。洸太に用があってわざわざ待っていたようだった。
「いつからそこで待ってたの」
「二、三分前かな。それより市宮さんは? 食事摂ってないみたいだったからさ」
「それが、食欲無いみたいで……」と真横にあるドアを見て、部屋の中にいる茜を想像しながら残念そうに言う。
「まあ、そのうち空腹に耐えかねて嫌でも食べるようになるさ。それにしても、市宮さんって美人だよな。モデルみたいに華奢で綺麗だし」
「うん。知る人ぞ知る有名なインフルエンサーで、学校の人気者だしね」
「まさかそんな人が殺人の共犯者になってしまうんだからショックだよな。お前は彼女の言うことが信じられると思うか?」
「百パーセントじゃないけど、信じてみようと思う」
「先程の会議室での市宮さんの様子を見ただろ。城崎のことについて訊いた途端に口を閉じて顔を逸らした。その様子からして城崎にぞっこんだろう。別の人が殺したっていうのは俺たちを攪乱するための嘘で、本当は市宮さんが直接殺したんだよ。アメリカにいる城崎を庇うために。そういう魂胆さ」
「確かにそうかもしれないけど、彼女が証言してたように、関わっただけで殺したとは限らないし、何より彼女が殺害した証拠もまだ見つかってないのに、そうやって一方的に決めつけるのはさすがにどうかと思うけど」
「お前、殺人に関わった彼女の肩を持つのか?」
「いや、冷静に状況を分析したまでだよ」
「いずれにしろ城崎に聞けば全て明らかになるさ。ああいう女性はろくでもない奴ばっかりだからな。もし彼女の発言に怪しい点があったら問答無用で警察に突き出せばいいだけだ。二日後が楽しみだな。あっ、それからもう一つお前に話があってだな」
「話って?」
「昨夜はごめん。戦う理由を見出せればトラウマを乗り越えられるヒントになると勝手に思って、お前の気持ちをろくに考えず実母の死を伝えてしまった。そうすることでお前が心の柵から解放されて人として一層成長できると信じたからだ。この通りだ」と深々と頭を下げて謝罪した。
自分の過ちを心から反省しているようで、先程までの茜への猜疑的な言動と違っていることに洸太は少し戸惑う。
「……ああ、そのことならもう気にしてないし大丈夫だよ」
「自分の感情を誤魔化してないか? 無理に取り繕うとしなくていいんだぞ。血の繋がった唯一の大切な存在が亡くなっていたことを知ったばかりだ。喪に服して当然だ」
「本当に平気だって。僕も心のどこかで『もう会えないかもしれない』と思ってた部分もあったし、本当の母親の筈なのに、いざ亡くなっていたと知らされた時はさすがにびっくりしたけど、その後どういう感情を抱けばいいのか分からなかったんだ。そりゃそうだよ、だって会ったことないんだから」
「永守……今更だが、こんなことに巻き込んでしまって本当に申し訳ないと思ってる。ここから先の戦いは誰も予測できない方向へと向かっていくだろう。それでも共に戦ってくれるなら心強いし、引き返しても別に構わない。
だが前にも言ったように、一度超能力に目覚めてしまったら今までのような元の暮らしを送ることは出来ない。お前の人生だ。どちらを選択しようと俺は尊重する」
「それならもう決めたよ。僕も前に進んでみようかなって。正直、前へ進んでもここで引き返してもどっちを選んでも後悔する気がする。それで考えるなら、前に進んで後悔したとしても『引き返さなくて良かった』と思えるかもしれないかなって。
それに、会ったことない人のためにいつまでもくよくよするより、今自分の置かれている状況に目を向けて自分に何ができるのかを考えた方が重要だ。日向を突き放して暴走させた責任もあるし、守らなきゃいけない存在も出来た」と胸に秘めた決意を明かす。
「そうか。それを聞いてホッとした。全てが終わったら俺も一緒にお前のお母さんの弔いに行くから」
「ありがとう」
「あと、さっき倉本と二人きりで話をして急遽特別な任務を依頼された。早速明日午前零時頃に出立する」
「えっ、それってまさか昨日話してた例の?」洸太が周りや盗聴器を気にして直接的な表現を避けて囁くように声を低くして訊ねる。
「その可能性が高い。いよいよだ。だから今一度言うが、明日の任務で俺に何かあったらその後のことはお前に引き継いでほしい」
「うん、分かってる。なんとかやってみせるよ」覚悟を決めた表情を見せたが、その顔から不安が見え隠れする。
「色々と背負わせてしまってすまないな。本当はそれどころじゃない筈なのに」と申し訳なさそうな様子で言う。
「平気だって。もう自分だけの問題じゃないし。ここまで色々あったけど、僕もいい加減腹を括ってとことん突き進むことにするよ」
「まだ半人前ではあるが、お前も立派なネオルーパーズの一員だ。じゃあ、頼んだぞ」と告げて後を託すように洸太の肩に手をポンと掛けて踵を返す。
ふいに東に認められたことに驚いた。そのような褒め言葉を初めて受けたことへの嬉しさと同時に、託された使命の大きさを実感した。自分のトラウマを克服し、東を突き放した責任と向き合って茜を守り切る。
東や綾川が背負っているものに比べれば小さいかもしれないが、決して軽んじてはいけない大事な役目であることに変わりはない。
今日まで実に衝撃的な出来事が立て続けに起こってまるでジェットコースターのような日々だったが、もう一喜一憂してはいられない。目の前のことに集中して全力を注ぐべきだとして、自分に気合いを入れなおすように両頬を数回叩いて深呼吸する。
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