第91話 悪口の責任
「僕だって、本当はこんなことしたくないし、出来れば今すぐここから出たい。でも僕にはやらなければならないことがあって、それで仕方なくここにいるだけなんだ」
「やらなきゃいけないことって何なの? 教えてよ」
「それは、言えない」
「あっそう。どうせくだらない野望とか目的なんでしょ。なんか、ここの人間になってから雰囲気変わっちゃったよね。何か凄く遠いところに行っちゃったみたいでさ。想像と違ったからびっくりした。学校でもあんまり喋んないし、いつも何考えてるか分かんないし、何か抱えてるみたいだし、真の前でもいつもビクビクしてたのに。
超能力持ってるって噂は本当だって分かってから、意外とデキる奴なのかなってちょっと期待してたのに、結局ここの上の人間にペコペコ頭を下げて媚び諂って、何でも言うことを聞く犬みたいな奴に成り下がっちゃってたから幻滅しちゃった。あーあ、何でこんなに不甲斐ないんだろ」と答えるのを拒まれた途端、ここぞとばかりに好き放題罵倒した。茜の洸太への印象は最悪のようだった。
「想像と違ってて悪かったね。じゃあ、この部屋の鍵を置いておくよ。また定期的に視察に来るからさ」これ以上の長居と会話は、却って茜のストレスを増長させるだけだと思った洸太が、鍵をベッドに置いてそそくさと部屋を後にしようとした時、何かを思い出して立ち止まった。
「そう言えばさっき、岡部って聞いて身震いしたよね」
「うん……彼、生きてたんだね」
「消息を絶っていた筈だったけど、今は日向って男と一緒に行動してる。これまで散々酷い仕打ちを受けた者たちに復讐するために」
「じゃあ、あたしも狙われるのかな」と平静を装っていたが、身体は恐怖に震えていた。
「この間、学校の廊下で茜が岡部に駆け寄って何か話しているのを偶然見たんだ。あいつに一体何を言ったの?」
「死ねって言っただけだよ」
「どうしてそんなことを」
「ただ存在がムカついたから。クラスでも浮いてたし。消えてもらいたかったの。そしたら本当に来なくなっちゃって、なんか学校中が大騒ぎになっちゃったけど、清々したしまあいいかなと思って」
「たったそれだけの理由で死ねって言ったのか。さすがにやって良いことと悪いことがあるだろ。その判別が分からないほど馬鹿じゃない筈だ」その一言が決定的となったかどうかは分からないが、その強烈な一言で浩紀の心が抉られたのは間違いない。
込み上げる怒りを抑えるように低いトーンで聞いた。何て返答してくるのか概ね予想出来ている。しかし、茜がどういう気持ちでそのような言葉を口にしたのか、怖いもの見たさで知りたかった。
「ちょっと待ってよ。まるであたしがあいつを追い詰めたような言い方しないでくれる? 学校に来なくなった本当の原因は、あいつが調子に乗って真に歯向かったからでしょ。その報いを受けて孤立した。
で、あたしは真の面子が丸潰れになったことにムカついたから、死ねって言ってやっただけ。そもそもあいつがいじめられるようになったのは、自分の付けが回って来たからじゃん。
なのに何で真やあたしまで悪者扱いされて殺されなきゃいけないの? ほんと心外なんだけど」と毅然とした態度で、浩紀に対する今までの鬱憤や恨みを一気に吐き出した。
反省の色など全く無く、茜の口から放たれる心無い言葉に洸太はただただ絶句する。やはり考えていることや言っていることは城崎と同じだったと、洸太は呆れて溜め息をつく。
「あいつは……岡部はただ、あの学校に根付いていたスクールカーストというくだらない体制を壊そうとしていただけだ。そんなあいつを悪く言う筋合いは無いだろ」
「フン、何綺麗事抜かしてんの。だったら何であいつのことを放っておいたの? 何で味方に付かなかったの?
それでも無視したのは、二軍から三軍に突き落とされるってビビったからでしょ? あんたも同じ目に遭うのが怖かったから見て見ぬふりをした。共犯のくせに今更正義の味方ぶらないでくれる?」先ほどまでの悪女のような発言から考えられない正論を叩きつけ、その的を射た発言に洸太はたじろいでしまう。
「だから僕は、今までの自分の間違いを正すためにあの二人と向き合っていくって決めたんだ。僕はもう、逃げない!」茜の的を射た指摘を上回るほどのことは思いつかなかったが、それでもめげずに言い返した。それは茜に対してだけでなく、自分を鼓舞するための言葉でもある。
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