第87話 重要参考人:市宮茜①

 翌朝。洸太、東、陽助の三人は早速エレベーターに乗って六階へ向かった。乗っている間は互いに目も合わせようとせず、終始無言で沈痛な面持ちでさながらまるでお通夜のような重い空気が漂っている。


 朝食を食べている時でさえ思いの外食事が喉を通らず、いつもの倍以上の時間をかけて朝食を食べ終えた。それほどまでに精神状態が打ちのめされたということだった。

 

 六階に降りた三人は以前使用した会議室へ歩いていく。無言で東がノックし、「入れ」という声が聞こえたので三人はその声に従いドアを開けて入っていった。もう既に向かい側に社長の倉本と秘書の附田が座っており、そしてその隣に市宮茜も同席していた。


「あ、茜……」そう声を掛けられた茜は洸太と目が合ったものの、すぐに視線を下げた。

 

 あまり寝付けなかったのか、目にくまが出来ており、服装も身柄を抑えたときのまま。ずっと手入れをしていないのか、艶のあるサラサラの黒髪はパサつき、毛先がところどころ乱れている。その様子から、緊張とストレスで疲労困憊していることが一目で分かった。


「どうしてここにいるんだと聞きたそうな顔をしているな。重要参考人だからだ。それ以外の理由が他にあるか」と倉本が洸太の表情を読んで冷淡な口調で答える。


「い、いえ……」いくら重要参考人とはいえ、こんな重要な会議に茜を参加させるのはいかがなものかと異議を申し立てたくなったが、はやる気持ちを抑えて出かかった言葉を飲みこんだ。参加者全員何だかピリピリしていて、物々しい雰囲気が部屋中に満ちる。扉の鍵を閉めると、一番前の席から東、陽助、洸太の順に座る。


「事前に所持品のチェックは済ませた上に手首にリストバンドまで付けたから安心して良い。では早速、昨夜に起きた事態についての報告を聞こうか」


「はい。ネオエンパシーによって聞こえた多数の叫び声を聞いた我々は、その声がした現場へ急行しました。病院の周りでは多くの人々が逃げ惑い、泣き叫んだり、助けを求めたりと大混乱でした。


そんな惨状を目の当たりにした我々は、救助を後回しにして先ず日向の母親の様子を見に行こうと病室へ急ぎました。病室の前で警備していた警備員の二人が倒れており、胸騒ぎがした我々は病室の中に入ったところ時すでに遅く……」


「日向の母親は既に亡くなっていたということか。で、その後は病院を出て人助けを可能な限り行い、警察と消防隊が到着したところで撤退したと」


「残念至極です……」


「死因は何ですか」と洸太が聞いた。


「警察の捜査によれば、顔に枕を被せて強く圧し続けたことによる窒息死だそうだ。他殺とみて間違いない」


「一体どうして……病室の前には警備の者を二十四時間体制で見張りを行っていた筈ですが」


「事の顛末については彼女の口から話した方が早いだろう」と言って隣に座っている茜を見て話すように促した。全員の視線が茜に集まる中、目をキョロキョロ泳がせて戸惑ったが、もう話すしかないと観念して打ち明けることにした。


「……この計画を実行したのは、私を含めた数人の男達でした。夜中に私のスマホに突然謎のメールが送られてきて、メールに書かれていた場所に行ってみたら他にも人が集まっていて、着いたと同時に何も言わずに黒のマスクと黒のパーカーそして茶色い液体の入ったペットボトルを渡されました。


『これは何の集まり? どうして私までここに呼ばれたの?』と聞いても誰も答えてくれず、そのまま四方八方に散っていき、私は戸惑いながらリーダー格の人に付いて一緒に行動することになりました。


それぞれが持っていたペットボトル一杯分の茶色い液体を病院の周りの下水道に流し込みました。どこかで嗅いだことのある臭いだなと思ったらガソリンでした。


流し込んだガソリンが揮発して気化した頃を見計らって火をつけ、引火していくつものマンホールの蓋を弾き飛ばして街のあちこちに落下して周辺は大混乱。予定通りに騒ぎを起こした後、混乱に乗じて病院に入って日向雅人の母親のいる病室に直行して殺害を図った……」


 と一通りの経緯を話し終えて周りを見渡すと、茜の供述を聞き終えた洸太たちは暫く黙り込んで腕を組んだり、頭を抱えたり、拳を強く握ったりして内容を飲みこもうとしていた。


「手の込んだ事態なだけに警察の捜査は難航するだろう。一部の週刊誌では何者かによるテロ攻撃ではないかと囁かれているくらいだ。良いカモフラージュになったわけだな」と倉本が話の内容を独自の視点で事件をまとめた。


「ということは、君が日向の母親を?」


 そう聞かれた茜は答えに窮してしまう。


「どうした、答える気はないってか?」


「い、いえ……」


「じゃあ誰だ」と冷淡に尋ねて、その迫力に圧されて恐る恐る答える。


「その……リーダー格の人が、やりました。私はただその様子を見ていただけ……」と茜が途端に否定する。


「それで、殺害を見届けた後、一目散に逃げて走っていたところを東達に見つかって連れて来られたということか」と倉本が付け加えると、茜がゆっくり頷いて茜は決まり悪そうに俯いた。


「隙を見て警察に通報しようと思わなかったのか」


「そんなことしたら何をされるか分からなかったので……」


「そのリーダー格というのは誰のことだ」と東が訊ねる。


「素性がバレて後で面倒なことにならないようにお互い名前は言ってないし、フードも深々と被っててマスクまでしてたから顔も知らない。でも声を聞いて男だったっていうのは覚えてる」


「じゃあそいつが犯人だな。一体誰がこんなことを指示したんだ。城崎か?」と問い詰めるが、茜は目を逸らして押し黙った。


「どうした、答える気はないってことか。黙るってことは自白と一緒だぞ。もしかして本当は日向の母親を殺害した犯人のことを知っていて、俺たちの質問に適当なことを言ってはぐらかしてそいつを庇ってるんじゃないのか?」


「違う。本当に知らないの……匿名のメールが送られてきてそれに従っただけ。だから真が計画して指示したのかどうかも分からない」


「どうしてそう言い切れるんだ。そうやって正直に答えている根拠は何? そもそも日向の母親の殺害に加担している以上、ここに居る誰もが君の発言を信じられるとは思えないんだよね」と東が語気を強めて畳み掛けた。


 茜は東の気迫につい委縮してしまって項垂れていた。助け舟を求められる人が一人もいないこの状況に泣きそうになる。

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