第86話 日誌
「その口ぶりだともう終わったんだな?」東がそう訊くと、綾川がニコッと微笑んでパソコンのキーボードを操作し始めた。すると画面上に、ネオテック日本支部のブラックボックスに保管されているファイル類を表示させた。
「そうか。流石だな、綾川」と、ブラックボックスの開封に成功できたことに歓喜したとともに、綾川の仕事ぶりを高く評価する。
「ついさっき作業が終わってね。これが技術開発主任研究員の実力だ。これで漸く裏帳簿に辿り着いたと確信したけど、それらしいデータは何処にも見当たらなかったんだ」
「そんな馬鹿な。じゃあ、中身は一体?」
「親父の日誌だけだ」
「日誌?」と聞くと、綾川は自分の父親が書き記したとされている日記を画面上に表示させる。
「最初の数ページこそ、倉本と二人三脚で診療所を切り盛りして生活していく平凡な日々が綴られているけど、これを見てくれ」と、日付が八月十日と書かれているページまでスクロールしていき、綾川が内容を口頭で読み上げる。
「柾がこの診療所に研修医としてやってきてから、倉本の様子がおかしくなった。妙にピリピリしていて素っ気ない。何かに取り憑かれているようだ。最近は二人して夜な夜な診療所に籠って何か調べ物をしているそうだが、診療所の地下洞窟に眠る『あれ』ではないことを願いたい。
あれは決して誰にも知られてはならない存在だ。もしあの二人がそれを明らかにしようものなら、私はそれを全力で止めなければならない。たとえ二人を殺めることになるとしても……」
「随分物々しい文章だな。それで、次の日付の日誌は?」
「これを最後にばったり終わっている。毎日欠かさず書いていたのに急に途切れるなんて」
「確かに変だな。お前の父親が事故死した十二月まで、およそ四カ月もの空白がある。そこから考えられるのは、倉本が八月十日以降の日誌を削除した。だが、何でそれ以前のものをわざわざブラックボックスに残したんだ? 誰にも知られたくないなら、日誌をそもそもこんな中途半端な状態で残す意味が分からない」
「……やっぱり、行くしかないのかもしれないな。この廃病院に」
「ちょっと待て。本気で言ってるのか? 聞いた話だと、あの廃病院は全国屈指の心霊スポットになってて、幽霊や少女の声とかが聞こえてくるらしく、更には命知らずの心霊マニアが、実際にあそこの中に立ち入った翌日に亡くなったっていうニュースもあったぐらいだ。
何か超常的な何かがあの廃病院を守護していて、侵入者を排除しているとしか思えない。それにその日誌だが、本当にお前の父親が書いたものなのか? 俺たちを陥れるために倉本が意図的に用意したものなのかもしれないぞ」と東がいつになく早口で、例の廃病院に行くことがどれほど危険なのかを説明していった。
「でもそれって、倉本が書いたという確証も無いってことだろ?」
「確かに確証はないが、危険であることに変わりはない」
「それでも行かなきゃ気が済まないんだ。日誌に書いてあったあれとは何なのかも知りたいし。もしそれが親父の危惧した通りのとんでもないものだったとしたら、倉本の弱みを握れることになる。そう思わないか?」
「しかし、リスクが大きすぎる。下手すれば命を落とすかもしれないぞ」
「まあ、君の大切なお守りに傷付けちゃったんだし、もしかしたらあっちで超常的な何かに殺されちゃったりしてね」
「縁起の悪いこと軽々しく口走るなよ。本気で心配してるんだぞ」と、面白おかしそうに話す綾川を叱る。
「虎穴に入らずんば虎子を得ずって言うだろ。近づけるだけ近づいて危なくなったら引き返すし、無論お前もいるし何があっても大丈夫だ」と、楽観的に言って東の肩にポンと手を置く。
「まあ……そうだな。いつ行くつもりだ」
「明後日から三日間有休を取るからその間に行く予定だ」
「分かった。一緒に行ってお前の父さんの無念を晴らそう」と固い握手を交わし、綾川の父親が書き残した日誌に書かれていた、「あれ」の正体を絶対に解き明かそうと誓いあった。
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