第84話 永守洸太
「実はな、綾川がお前の実母の情報を調べてくれたんだ」
「知り合いの警察に頼んで血縁者が誰なのか探してもらった。っておい、何もこのタイミングで言うことないだろ。デリカシーにも程があるだろうが」と綾川が割って入って東を制した。
「どうせ遅かれ早かれ知ることになるんだ。それに、光山にとっては血縁者だから尚更それを知る権利がある」
「俺は反対だぞ。時期尚早だ。とても見せられるものじゃない……」
「それはこいつが事実を目にしたときにこいつ自身が決めることだ。そうだろ、光山」
「……う、うん。僕の実の母親に何があったのか。もし今ここで知ることができるなら、どんなに目を背けたくなるものだったとしても、受け入れる覚悟は出来ているつもりです」と綾川に直向きな目つきで言い切った。東も圧力をかけるように綾川に鋭い眼光を向ける。
二人と交互に見つめ合った末、綾川は観念したように深いため息をついた。そして「分かった」と一言だけ口にしてパソコンに向きなおり、洸太の実母の情報が記載されたファイルを選択する。
「どうなっても知らないからな」綾川がファイルをクリックすると、画面上に実母の顔写真と戸籍謄本が表示された。洸太はそれをよく見ようと近づいていった。
「
「でもさっき、綾川さんがとても見せられるものじゃないっていうのはどういう意味ですか?」
「この項目を見てみろ」見落としている項目を見るように、指で指し示してそれを洸太が読み上げる。
「二年前に、死亡!?」つい大声を上げて叫んでしまった。
「乳癌だそうだ。十八歳の時に君を産んだが、夫に捨てられて親戚にも見放されて遂に生活が困窮してしまったのだろう。君が四歳の時に練炭自殺を図った。未遂で終わったが、重度の精神疾患に罹っていることが分かり、更生施設で五年もの療養生活を送る。
その後なんとか社会に復帰できたものの、乳癌に罹ってしまいおよそ三年の闘病生活の末に亡くなった。享年三十四歳」と綾川が永守裕子の短い生涯を簡潔に語り、その間洸太はモニターを見ながら耳を傾けていた。
「ひ、人違いではないんですか……?」信じられない様子で綾川の方を向いて訊ねる。
「ちなみに君の毛髪と爪を用いてDNA鑑定を行った結果、九十九パーセント血縁関係にあることが分かった。正真正銘君の母親だ」
「そんな……」そう断言する綾川に対し、洸太は俯いて歯ぎしりする。
「どうだ、光山。いや、永守。少しはスッキリしたか?」そう問いかける東に対し、洸太は終始俯いたままで顔を見向きもせず、特に何も反応せず無言を貫いている。
実の母親が既に亡くなってしまっていたという驚愕の事実に感情と思考が追い付かず、身体が強張ってしまった。愕然したのは勿論、怒りや悲しみ、屈辱や寂寞感といったあらゆる負の感情に心が支配された。
「信じられないよな。自分の実の母親がもう既に故人になっていたなんて実感湧かないだろ。でも、これで自分がどういう人間なのかを知る手掛かりがばったり消えたわけではない。実母が生前住んでいた家を突き止めて遺品を整理すれば、お前がどんな幼少期を送ってきたのかが分かる――」
「そういう問題じゃないだろ!」と、東が言い終わる前に綾川が声を荒げて一刀両断する。突然怒号を発した綾川の迫力に圧されて、東は口を噤んで目を丸くする。
「ごめんな、永守君。色々疲れただろう。もうこんな時間だし、取り敢えず部屋に戻って休みなよ」まるで魂が抜けたかのように、あまりのショックでいつの間にか何も考えられなくなって、ボーっとしている様子の洸太の気持ちを慮って自室に戻るように促すと、洸太は無言で綾川の指示に従ってドアを開けて、そそくさと部屋を後にした。
部屋はシーンと静まり返り、二人の間に気まずい雰囲気が流れる。暫く経ってから綾川が沈黙を破る。
「だから言っただろ。タイミングが早すぎるって。早とちりにも程があるぞ」とあからさまに両手を腰に当てて、溜め息をついてから東に苦言を呈す。
「まるで抜け殻みたいだった……実母の存在を知れば戦いを見出して、過去のトラウマを乗り越えられるだろうと思ったが逆効果になってしまったな。あいつにとってこの事実はあまりにも重すぎた」と、東は反省している様子だった。
「ああ、余計なお世話だった。大体彼はネオトルーパーズである前に一人のごく普通の高校生だ。しかも高校時代っていうのは受験に励んで、恋に胸を高鳴らせて青春を謳歌する、人生で一番重要な時期の一つだ。
そんな大事な時期に超能力が目覚めて謎の組織に入って、そこで毎日過酷なトレーニングを経て、国を守るための極秘のミッションに強制的に行かされてしまうなんて。これじゃあ青春丸潰れだし、更に母親の死を知らされたら溜まったもんじゃないよ」
「そんなの分かってるさ。だが、あいつも超能力に目覚めて適合者となった一人だ。一度目覚めてしまった超能力を切り離す術は今のところ無い。ここでトラウマを克服できないようなら、この先の戦いでは生き残れないどころか、人生でも苦労すると思ったんだ」
「兎に角、お前は明日永守君に謝れ。いいな?」と、綾川が言い聞かすように釘を刺す。
「……分かった、そうする。ところで、頼んでおいた粉の解析の結果はどうなった?」
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