第83話 水恐怖症

「あの時は、その……小さい頃のトラウマの所為でパニックになっちゃって、それであんなことに……」と顔を逸らして申し訳なさそうに語る。


「差支えなければ、どんなトラウマか教えてくれないか」


「小学生の頃、雨の日に足を滑らせて、流れが急になった川に落ちて流されてしまって。それで水と分かるものを見聞きするのが怖くなったんだ」


「そうか。それでプールでの訓練のときに防衛本能が働いて、無意識に念力が暴発してサイコブレイクによる発作を起こしてしまうほどまでに酷く暴れ出したんだな」


「うん……ごめん。見苦しいところを曝してしまって。水物はどうしても無理だってことをもっと早く知らせるべきだったね」


「過ぎてしまったことはもういい。それにしても意外だな、水がトラウマだったなんて。今まで色々と気を遣わないといけないから、何かと不便でしんどかっただろう」


「そうだね……川はもとより、海も駄目。透明な水ではなくジュースや牛乳じゃないと口に出来なかった。学校のプールとかは適当な理由を付けて入らないようにしてきたし、雨の日も怖くて家から一歩も外へ出られなかった。


水と分かるものを目にした瞬間、脳内で勝手にあの時の出来事を連想してフラッシュバックしてしまうんだ。それ以来水全般が怖いまま今に至る……」と川に落ちて溺れかけたことが原因で、ハイドロフォビアになってしまった背景を恐る恐る話した。


「相当不憫だな」


「うん。あの時のトラウマが幻覚となって唐突に蘇る時だってあるし……超能力を使える人間なのに水が怖いってなんか不甲斐ないよね」


「ネオテックに所属してネオトルーパーズとして任務に当たる以上、あらゆる事態や状況を想定した訓練を積んでいかなければならない。たとえそれがトラウマを呼び起こすものだったとしてもだ。戦場でもし敵にそれを突かれてしまえば、最悪死ぬことになるぞ」


「そんなこと言われなくても分かってるよ。でも僕は超が付くほどの臆病者だから、いつまで経っても自分のトラウマを克服できないんだ」


「誰にもトラウマの一つや二つ持ってるもんさ。でもそれは決して恥ずべきことではない。命を脅かすような目に遭わないようにするためのブレーキの役割を果たすと同時に、前に進むための原動力にもなる。大切なのはそのトラウマとどう向き合うのか、向き合おうとしているかだ。克服したという結果なんて後からついてくる」


「向き合ったところで、また今日のプールの二の舞になるだけだと思うけど」


「そのためには俺や綾川のように闘う目的が必要だ。尤も、お前は既に見出していると思うが」そう話して示す東に、洸太は自分の両手を見る。


「僕の闘う理由は、仕方なく突き放してしまった日向の暴走を、この手で止めること……」


「いいや違う。それはあくまでも過程であって根源的な理由ではないだろう。ここに連れて来られる以前から、もう見つけていた筈だ。この戦いを経てお前が最も望んでいたことは何だ」

 

 そう強く問いかける東に、洸太は何かを呼び起こしたようにハッとする。それは、洸太にとって最も大切なことだった。


「母親……実の母親を探して、僕がどういう人間なのかを知ること!」と洸太が高らかに明言する。


「それがお前の闘う理由なんだな」そう尋ねられた洸太が首を大きく縦に振り、それを見た東が安心したように小さい溜息をつく。


「じゃあもし、今この場でお前の実母の情報が分かるとしたら?」


「えっ?」

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