第3章 ネオトルーパーズ:始動

第79話 <回想>核融合炉爆発事故

 来る日も来る日もビンタや蹴りを浴びせられ、鬼教官にしごかれて気が付けば心と体は完全に傭兵になっていた。

 

 そんな時だった。ネオテック・エンタープライス社のライバル企業であるフロンティア・テクノロジーズ社が世界初の核融合発電装置を傘下企業と共同で製造した。水素爆弾の原理を元に作られており、少量の重水素だけで核融合反応を起こしてエネルギーを放出することが出来る。


 その際に放出されるエネルギー量は同じ質量のウランによる核分裂反応のおよそ四倍、石油を燃やして得られるエネルギーの数万倍に達すると言われている。

 

 同社が何年も計画して作り上げた最高傑作であり、現在実用化に向けて幾つもの厳正なテストを受けている。本格的に運用が始まれば将来的には一個の装置で一国全体の電力を百パーセントクリーンエネルギーで賄うことが可能となり、石油を燃やして環境を破壊したり、有害な放射性廃棄物も出したりすることも無くなる。まさに、石油火力発電や原子力発電にとって変わる次世代の発電装置である。

 

 最終テストを行うため、装置を載せた貨物輸送機がイギリスに向けて飛行中、ジェットパックを背負った東が左腕に装着していたウォッチを操作してハッチを開ける。「ゴオォオオオ」という機械音を立てながら開いたハッチへ一直線に滑り込んですぐに閉める。


 なんとか侵入に成功したが、機内では異様な光景が広がっていた。「装置」の運搬を担当している作業員や技術者たちが全員倒れており、首の頸動脈を触って確かめたところ脈拍はあったので、どうやら全員気を失っているようだった。

 

 当初は装置を安全に輸送する任務を任された作業員たちを排除する手筈だったが、東が到着する前に何者かが先に侵入して襲撃したと思われる。お蔭で無駄な戦闘を避けて騒がれずに済むので、東にとってまさに棚から牡丹餅だった。


 銃を構えながら恐る恐る装置の元へ近づくと、そこで思いがけないトラブルに遭遇する。本来であれば、ガラス製の箱にパラシュートのフックを引っ掛けて接着している部分をバーナーで焼いて切り離して核融合炉発電装置には一切手を触れずに奪取する予定だったが、既に箱は壊されていて装置が露わになっていた。

 

 突如装置が起動し、緊急事態を知らせるブザー音がけたたましく機内に鳴り響き、緑色のバーが時間を経るにつれて徐々に消えていく。思いもよらない事態に動揺する東。原因は何なのか確かめたところ、装置の臨界状態を防ぐための制御棒が抜かれていることが分かった。


「一体誰が制御棒を……とにかく緊急着陸させるしかない。対処法はその後だ」

 

 そう呟くと、コックピットにいるパイロットにその旨を伝えに行こうとした瞬間、誰かが来る気配を感じて動作を止める。コックピットの扉が開き、中から見知らぬ人物が現れた。黒いパーカーとズボンに身を包んだその人物は東を視認するやいなや足早に近づいて襲いかかって来た。


 作業員たちを襲って装置の内部構造を変えたのもこの者による仕業だと察しがついた。直ちに戦闘態勢に入り、揺れる飛行機内での暗闘が始まった。

 

 訓練を積んできたとはいえ全く手も足も出なかった。装置へ近づけてはくれず、思いの外手強い敵に防戦一方の東。なんとか攻勢に転じようと、チョーカーを付けて「シャード」という小さな鉱物を装填する。挿入された鉱物から得たエネルギーによって力が漲り、エネルギーが全身の細胞に行き渡って覚醒状態に達すると、東は間を置かず攻撃に出る。


 パンチを連続で繰り出して敵の胸と顔面を一思いに殴り飛ばした。この戦闘モードを維持するのが非常に短い上に体力の消費も激しいため、程無く疲れ果ててしまう。

 

 突如飛行機が上下に激しく揺れた。窓で外に目をやると、翼のエンジン部に火の手が上がっている。予め機体のエンジン部に仕掛けられた細工が作動し、墜落してしまうのも時間の問題だと危惧した途端衝撃波が身体に直撃する。


 一瞬何が起こったのか分からず煽られてしまった。倒した筈の男が発したものだった。先ほど相当数の打撃を与えた筈なのに全くダメージを受けていない様子に愕然としてしまう。

 

 次の衝撃波が発射される前に、敵ごと装置を吹き飛ばして脱出しようと考え、ウォッチを操作してハッチを開ける。開いた瞬間、激しい突風で人や物が外へ投げ出されていく。男は両足に磁石でも付いているかのように全く動じず仁王立ちしたままだった。外へ煽られまいと必死にしがみつく東に男はゆっくり近づいて手を勢いよく踏みつける。

 

 東は悶絶しながら、もう片方の手で拳銃を手に取り敵を撃った。全弾命中したが体が金属でできているのか、撃った銃弾が金属音を立てながら全て弾き返されてしまう。男が超能力で引き寄せた鉄パイプを手にして近づく。

 

 命の危険に晒されていることを知らずに、置物のようにただそこで佇む害虫を一振りで仕留めようとするような勢いで、東の顔を目がけて素早くそして力強く振り下ろす。ガンッ、という鈍い金属音が響いたが、振り下ろした時には既に攻撃対象はそこにはいなかった。

 

 東は咄嗟に掴んでいる手を離して壁際の切れ端になんとかしがみついた。男は既に銃を構えている。東が持っている銃とは明らかに形状が違う特殊な銃で、先程の衝撃波もこの銃から撃ち出されたものだと分かった。しかしもう躱す体力は無くなっている。そして男は容赦なく引き金を引いて凝縮された衝撃波が発射された。その拍子に掴んでいた手を離してしまい、突風に乗って飛ばされていった。

 

 戻りたくても戻れなかった。自分と飛行機との距離はもうあっという間に何百メートルも離れてしまっている。飛行機は燃料切れによりみるみるうちに降下角度を維持できず墜落しようとしていた。

 

 そして墜落する高度約六百メートル地点で、昼間に煌く太陽のような眩い輝きを放ちながら、装置が凄まじい光と音を放って爆発する。爆発の衝撃は、爆心地から数キロ離れていた東にも届くほど並外れた威力だった。


 東は最悪の事態を止められなかった絶望感に打ちのめされ、パラシュートを開いて空中を漂いながら爆発の様子を見ているしかなかった。

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