第78話 鳩尾撃ち<みぞうち>
その夜。一日の訓練内容を一通り終えた後、東に多目的トレーニングルームへ呼び出された。疲れた状態で赴くと、東が自主練と称して「
「……わざわざこんな時間にやる必要あるの?」と欠伸を我慢しながら訊いた。
「訓練内容を俺の独断で変更してもらうわけにもいかないからな。お疲れのところすまないがちょっとの間だけ付き合ってくれ」
「分かったよ。ていうか、あの技って『鳩尾撃ち』って言うんだね」
「ああ、読んで字の如くで掌の付け根で人間の急所の一つである鳩尾を狙って勢いをつけて強く圧し込むように撃つ打撃技だ。この前実際に食らっただろ」
「あの時はいっぱいいっぱいだったからよく分からなかった」
「まあいい。城崎の帰国まで猶予が無い。やるぞ」
「そう言われても、どうやって練習するの? マネキンとか用意してないの?」
「そんなものは必要ない。俺の身体で充分だ」
「えっ、どういうこと?」
「お前が俺に直接鳩尾撃ちを撃ち込むのさ」
「でも、それじゃあ君の身体がどうにかなってしまうんじゃ……」
「平気さ。俺の身体に直接打ち込むことで、どれ程の威力だったのか、どこが悪かったのか等の具体的な改善点やアドバイスが出来ると思ったからだ。その方が効率的だろ」
「そりゃそうだろうけど、何発も受けたらさすがにきついんじゃない?」
「心配するな。俺の身体は頑丈だし、そう簡単に倒れやしない」
「そこまで言うなら……」と、戸惑った様子で渋々了承する。
「じゃあ始めようか。先ずは――」
そう言って技のレクチャーを始めた。膝を曲げて腰を低く落とし、脇を閉めて下に降ろした右手をパーの状態から全ての指を曲げて掌底を前に出すようにして構える。準備が出来たら右手を勢いよく突き出して掌底を相手の鳩尾に打ち込む。
東の教えた通りに洸太もやってみた。打ち込んだ瞬間ドスッという音が辺りに響いたが手応えは無く、寧ろ手首にダメージを負ってしまった。あまりの痛さにその場で倒れ込んで悶絶する。
「うーん、手に力を入れ過ぎだ。左足の踏み込みも甘いから威力が半減してる。打ち込むときは手だけでなく肩と腕の筋肉を総合的に使うんだ。これもイメージトレーニングが必要だな。
もっと体重移動しながら腰を落として捻って、肩から腕、腕から拳に力を流し込むようなイメージを浮かべることで身体中のエネルギーが腕全体に集中し、その状態で鳩尾を目がけて真っすぐ突き出す。あと足を地面に刺す勢いで強く踏み込んで腰を捻って胸を張って力強く打つ。
それから、その際に手首を捻らせることで威力が増す。そして技を決めるときに声を出すことだ」と東が痛がっている洸太にお構いなしに改善点とアドバイスを一気に述べていった。
「うっ……そんな一気に言われても、覚えられないよ」
「まあ最初はそんなものだ。今言ったポイントを意識していけば確実に威力が増すだろう。勿論いきなりこれらを全て意識してやれとは言わない。少しずつ身体で覚えて練習していけばいい。さあ、気を取り直してトレーニングを続けるぞ」
「今日はもうこの辺で切り上げても良いんじゃないかな。手首痛いし……」
「そうしたいところだが、生憎城崎の帰国まで日数も少ない。技を修得するためには反復練習あるのみ。継続は力なり、だ。痛みが落ち着いたタイミングで良いからもう一度撃ってこい」
と、洸太の正当な指摘も文句だと聞き流し、全く意に介さない様子で再度立ち上がって構えるように促した。結局東には抗えず、疲れた様子で構えの体勢になってもう一度、技を繰り出す練習を日付が変わる頃まで嫌々続けることとなった。
こうして一日のトレーニングに加えて東直伝の鳩尾撃ちを修得することになり、内容が日に日にハードなものになっていった。
洸太としては訓練メニューが増えたことで更に身体を酷使するようになり、失敗やミスをする度に「全然ダメ」「やり直し」「しっかりしろ」と東や陽助に叱咤されて精神を削がれていく日々。正直、付いていけなくなって途中で逃げ出したくなることもあったが、そんなときは必ず
≪抗うんだ!≫
と、いつか雅人に言われた言葉が脳裏に浮かび、その言葉のお蔭で洸太は奮起させられて諦めることなく必死に食らいついていった。
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