第75話 サイコブレイク

 サイコブレイクとは、体内にあるヌミノーゼ遺伝子が刺激されて頭痛や吐血といった身体に様々な異常を来すほどに過剰に反応してしまう発作を誘発する精神障害の事である。


「そうか。今はまだ効果は出なくて辛いかもしれないが、いずれ以前のように血反吐を吐くことはなくなるから安心して服用し続けてくれ」


「いつまで飲み続ければいいの?」


「念力を使う時に血反吐を吐かなくなったらもう飲まなくていいと言われている。俺や陽助もそうして飲まなくなったんだ。ああ、それと」すると東が思い出したようにポケットから茶色い何かが入ったジップロックを手渡してきた。


「何これ?」と言いたげな表情を浮かべる洸太に東がすかさず答える。


「ミックスナッツだ」


「ミックスナッツ?」とファスナーを開けて中身を見てみたところ、様々な種類のナッツがぎっしり入っていた。味付けにカカオを塗してあるからなのか、カカオの甘い香りが鼻の奥まで広がる。


「ああ。脳を良くするブレーンフードの代表的な食品として知られている。天然のサプリメントと言われるほど栄養が豊富で、特にナッツに入っている油分は脳の働きを良くして集中力や処理能力を高めてくれる効果がある。


で、それをカカオと一緒に摂取することで、カカオの香りが脳内にエンドルフィンっていう脳内物質を発生させて集中力や記憶力の向上を促してくれるんだ」


「知らなかったよ。そういう効果があったなんて」と感心した様子でナッツをつまんで口に運んだ。


「だから俺と陽助も好んで食べてる。食後のデザートとしても食べてもいいし、トレーニングの合間のおやつとして口にしてもいい。無くなったらその都度支給してもらえるよ。お前も隊員の一人になるんだからモリモリ食べなきゃ身体と脳が持たないぞ」


「ありがとう、助かるよ。それにしても二人は凄いな。どんなトレーニングだって容易くやってのけるんだから」


「俺たちはもう慣れてるからな。誰だって最初はヘタレだよ。なあ?」と東の隣に座っていた陽助がフォローした。


「ああ。最初の三日間は俺と陽助が普段どんな訓練を行っているのかを体験してもらって、それから向き不向きや得手不得手を分析して本人に合わせたトレーニングプログラムを作るのが通常のやり方だが、残念ながら我々にそんな余裕は無い」

 

 城崎の帰国日が迫ってきている。それまでに自分のコンディションを整えなければ二人の足手まといになりかねない。今置かれている状況と、現状として東と陽助がこれまで行ってきたトレーニングを通常より速いペースで行ってなるべく多く身に付けるという詰め込み式でやっていくしかないと、洸太は東の話を聞いて納得した。


「だから、今の時点で不得意や苦手だと思ったトレーニングを言ってくれれば、お前がやりやすいように内容を変更してもらうかそもそもメニューから外すか。しかし、果たしてそれを訓練と呼べるかどうか怪しいところだけどな」


「で、実際どうなんだよ光山」


「うーん、強いて言うなら目隠しした状態でランダムに飛んで来るボールを避けるトレーニングは苦手かな」と暫く考えた末にそう答える。


「そういえば、初めて挑んだときなんかボール全部当たっちまったもんな。折角エキストリミスまで服用して血反吐を吐くのを抑えられるようになったっていうのに」と陽助が嘲笑した。


「発射された方向を耳で聞いて距離を測れば簡単に躱せる筈だけど、聴力に頼ろうとすると、どうしても怖くなっちゃって……」


「怖い?」


「その……色んな人の悲鳴や泣き声、絶叫といった声がしきりに耳に入ってきて、それで頭の中で処理できなくなって激しい頭痛に襲われるっていうか……」と恐る恐る打ち明ける。

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